弁  論  要  旨





              被  告  人   ******


 右の者に対する平成九年(う)第一〇五二号わいせつ物公然陳列被告事件について、弁論の要旨は左記のとおりである。

   一九九九年七月六日
            弁  護  人   川  口   直  也

            弁  護  人   牧  野   二  郎

            弁  護  人   岡  村   久  道

            弁  護  人   北  岡   弘  章


大阪高等裁判所 第五刑事部  御  中



第一 総  論

 本件は、パソコン通信のホストコンピュータにわいせつな画像のデータを記憶・蔵置して、不特定多数の会員が右画像データをダウンロードし、再生閲覧することができるようにしていた行為が、わいせつ物公然陳列(刑法一七五条前段)に該当するか否かが争われた事件であるが、以下に述べる理由に基づき、犯罪の証明がないことに帰し、原判決を破棄し、無罪が言い渡されるべきである。
 そこで、本弁論要旨では、まず、前記被告人の行為の構成要件該当性につき、わいせつな画像のデータ(またはこれを記憶・蔵置したハードディスク)が刑法一七五条の「わいせつな図画その他の物」に該当するか否か、及びこれをパソコン通信のホストコンピュータに記憶・蔵置し、ダウンロードができるように設定する行為が同条の前段の「公然陳列」に該当するか否かについて論じ、次に従来の判例の流れを踏まえて、原判決がこれらの要件について「許されざる類推解釈」を行っており、罪刑法定主義(憲法三一条及び三九条)に違反していることについて論じる。

第二 「わいせつ物」の認定についての問題点

一、原判決は、わいせつな画像のデータが記憶・蔵置された本件パソコン通信のホストコンピュータのハードディスクを「わいせつ物」であると認定し、次のようにいう。
 本件わいせつ画像のデータは、証拠上明らかなように、被告人の所有・管理する特定のハードディスク内に記憶・蔵置されているところ、本件アルファーネットの利用者が被告人のホストコンピューターにアクセスし、右画像データをダウンロードして再生しさえすれば、容易にわいせつ画像を顕出させることができることも証拠上明らかであるから、本件におけるわいせつ物とは、わいせつ画像のデータが記憶・蔵置されている特定の右ハードディスクであると考えることができる。
 しかし、本件では、物体としてのハードディスクそのものが「陳列」されていても、そのままで画像が見える訳ではなく、問題となるのは、その内部に記憶・蔵置されているわいせつな画像のデータである。
 そこで、このような画像データまたはハードディスクを、刑法一七五条のわいせつ物として扱うことができるかが問題となる。

二、刑法一七五条の客体は、わいせつな文書、図画、その他の「物」である。

 本条は、「わいせつ物」の具体例として、「文書」「図画」をあげている。「文書」とは文字により一定の意思内容を表示したもの、「図画」とは象形的方法により表示されたもの一般をいうものとされている。
 そして、これまで「わいせつな」ものとは、作者が考案するアイデアを小説、絵画といった形式を通して表現され、固定化されたものであった。あるいは、現実のモデルの姿態や行為を、写真・映画フイルムといった媒体に焼き付けて、映像として固定化し、記録したものであった。ここでは、こうしたものを考案した作者それ自身を問題とするでもなく、また、アイデアそれ自体を問題とするものでもなかったことは言うまでもない。あくまでも、表現された内容そのものを判断対象とし、それが物質化された「物」を規制対象としたのである。
 また、刑法一七五条の構成要件に該当する行為は、「頒布」、「販売」、「陳列」(前段)及び「所持」(後段)である。「所持」とは、物を自己の事実上の支配下におくことをいうが、無体物である情報は「所持」することができないから、「頒布」、「販売」、「陳列」、「所持」が可能な「物」が規制対象とされているのだと言うことができる。
 このような本条の文言からも、「その他の物」とは、有体物を指すことは明らかである。

三、これに対して、「情報としての画像データ」自体がわいせつ図画にあたるという下級審判例も存在する(岡山地判平成九年一二月一五日判時一六四一号一五八頁)。
 また、このような立場をさらに推し進めて、情報そのものを刑法一七五条の規制の対象物たる「わいせつ図画」に含めて理解しようとする見解も現れている(堀内捷三「インターネットとポルノグラフィー」研修五八八号三頁以下、前田雅英「判批」都立大学法学会雑誌三八巻一号六〇七頁)。

 確かに、わいせつ物とは、わいせつな内容(情報)が媒体に固定化されているものをいうのであるから、「情報としての画像データ」を本件で問題となっている客体ととらえることが、問題の実態に即した合理的な考え方であるとも言えよう。

 しかし、前項に述べたように、本条がわいせつ「物」と規定している以上、「情報としての画像データ」をわいせつ物という概念に含めることは解釈の限界を超えるものであるとして、かかる見解に批判的な見解も有力である(同旨園田寿「わいせつの電子的存在について」関西大学法学論集四七巻四号一頁、佐久間修「ネットワーク犯罪におけるわいせつ物の公然陳列」西原春夫先生古稀記念祝賀論文集三巻二二三頁)。データ規制に極めて積極的な論者も、わいせつデータを取り締まりたいが、どうしてもその対象は「物」であることにこだわり、これは超えるべきではないという(山口厚「コンピュータネットワークと犯罪」ジュリスト一一一七号七六頁)。

四、また、情報としての画像データを刑法上の概念に当てはめると、「電磁的記録」というほかない。しかしながら、電子データの刑法の取り込みのために、昭和六二年の改正において「電磁的記録」(その定義規定は七条の二)という概念を導入し、偽造罪その他について、電磁的記録を客体とする構成要件規定を付け加えている。かかる改正の際に、刑法一七五条の客体に電磁的記録は含められていない。
 にもかかわらず、情報としての画像データを本条の客体に含めて解釈することは、右改正で導入された電磁的記録を従来の有体物とを峻別しつつ規制していくという趣旨を逸脱し、解釈の限界を超えるものと言わざるを得ない。

五、そこで、もうひとつの「解釈」は、原審のように、ハードディスクという「物」を、わいせつ「物」ととらえる方法である。ハードディスクが「物」であることには、疑問を差し挟む余地はないであろう。

 しかし、ハードディスクそのものが「陳列」されていても、ハードディスクは「外側が金属に覆われた機械」にすぎず、そのままで画像が見えるわけではないので、誰しも劣情をもよおす気持ちになる余地はない。映画フィルム、録音テープ、ビデオテープ等がわいせつ物とされてきた流れから見れば、物の外観・形状を問わないのが判例の立場であるが、刑法が一般人に向けられた行為規範である以上、通常人から見て理解不能な解釈をすべきでないことは、当然である。

 また、ハードディスクにおけるデータの記録位置は、物理的に固定された絶対的なものではなく、相対的であり、記録場所が特定できない。そうすると、ハードディスク全体をわいせつ物としてとらえざるを得なくなるが、大型コンピュータのディスクアレイの中に少しでもわいせつ情報が書き込まれていれば、その全体が「わいせつ物」とならざるを得ないであろう。これは、わいせつな画像のデータが記録されたフロッピーディスクや光磁気ディスク、CD−ROM等、持ち運び可能な電磁的記録媒体をわいせつ物とするのと異なり、一般人の日常的感覚からすると相当違和感のある解釈である。また、わいせつ物の概念が無限定に広がっていく可能性がある(園田寿「わいせつの電子的存在について」関西大学法学論集四七巻四号一頁、「コンピュータネットワークとわいせつ罪」ジュリスト増刊新世紀の展望1変革期のメディア一七一頁)。

六、このような結果を避けようとすれば、少なくとも、ハードディスク等の中のわいせつ情報が書き込まれている部分を、他と区別する必要がある。このような考え方は、写真集のあるページに掲載されている写真だけ、あるいはビデオテープの冒頭から一定の時間経過した箇所にある映像だけをわいせつであると特定するのと同様の発想によるものである。

 しかし、それらとは異なり、わいせつ情報が記録されているハードディスク等の物理的な位置(領域)を特定することは一般的に困難であるから、当該ハードディスクをわいせつ「物」たらしめているわいせつ「情報」は、コンピュータが情報を認識、管理する方式に依存して、「ファイル」として特定するしかない。

 結局のところ、ハードディスクをわいせつ「物」と見る見解に立っても、わいせつ情報が記憶・蔵置されている箇所を物理的に特定することは不可能であるがゆえに、記録媒体である「物」と「情報」との結び付きは希薄であって、画像データをわいせつ物ととらえるのと現実的差異はないことになる。

第三 「陳列」行為についての問題点

一、原判決は、わいせつ画像のデータが記憶・蔵置されたハードディスクを内蔵するホストコンピュータを電話回線に接続し、パソコン通信の設備を有する利用者にわいせつ画像が閲覧可能な状況を設定し、アクセスしてきた利用者にわいせつ画像のデータを送信して再生閲覧させた行為を陳列ととらえている。

 しかし、パソコン通信のホストコンピュータのハードディスクそのものが「陳列」されていても、ハードディスクは「外側が金属に覆われた機械」にすぎず、そのままで画像が見えるわけではない。また、原判決の言う「わいせつ画像が閲覧可能な状況」とは、ホストコンピュータにアクセスしてわいせつ画像のデータをダウンロードすることが可能な状況をいうと思われるが、画像データをダウンロードする過程ではデータの内容は不可視であって、このような場合にも「陳列」がなされたと言えるのかが問題になる。

二、当審では、アルファーネットのホストコンピュータと同等の機材を用いて当時使われていたパソコン通信のホストコンピュータの状況を再現し、これに対する接続の手順、画像データのアップロード、ダウンロードの手順、ダウンロードした画像データのファイルを閲覧する手順等を段階を追って立証した。

 その結果、原判決が摘示する「わいせつ画像が閲覧可能な状況を設定し、わいせつ画像の情報にアクセスしてきた不特定多数の者に右データを送信して再生閲覧させ」た行為は、次のような各段階に分かれていることが明らかとなった。

  (1) 端末側パソコンの通信ソフトを立ち上げ、ホストコンピュータに電話回線を通じて接続する。
  (2) 端末側パソコンを操作してコマンドを入力し、ホストコンピュータにアップロードされているデータの中から、ダウンロードするデータを選び出す。
  (3) ダウンロードにより端末側パソコンに生成されるデータファイルに付けるファイル名、通信プロトコル等を指定し、ダウンロードを開始する。
  (4) ダウンロード終了後、ホストコンピュータとの通信回線を切断する。
  (5) 端末側パソコンのハードディスクに生成された画像ファイルの中から、表示させたいファイル名を選択し、画像表示ソフトを実行する。

三、ここで注意すべきことは、ホストコンピュータに接続中の(1)ないし(3)の段階では、右コンピュータに記憶・蔵置されたわいせつ画像を端末側から観覧することができないということである。

 ホストコンピュータにアップロードされている画像データについて、端末側に与えられる情報は、データファイルを特定するための番号、アップロードの日時とファイルサイズ、及び右ファイルをアップロードした者による簡単なコメントだけで、全て文字情報である。画像そのものは不可視であり、ダウンロードしたファイルを表示させるまではその内容を確認することはできない。弁第五号証の写真二一の画面表示中に「lapsetime 3:20」という表示があるが、これは、ダウンロード開始からの経過時間、すなわち約一・五キロバイトのファイルをダウンロードするのに、この時点で既に三分二〇秒が経過していることを示しているのであるが、この三分二〇秒以上の時間、全く画像は画面上に表示されないのである。現在広く使われているインターネットのWWWブラウザのように、ホストコンピュータに接続すれば瞬時にわいせつ画像のデータが送信され、端末側の画面に表示されるのではないのである。

 不可視な物が公然陳列の対象とならないことは、名古屋高裁昭和四一年三月一〇日判決が、「未現像の映画フィルムも刑法一七五条の意図する目的に照らし、同条所定の頒布罪、販売罪、販売目的所持罪における、わいせつ図画に当たるものと解するのを相当とする(未現像のフィルムをもってしては公然陳列罪は成立する場合が考えられないことは、いうまでもない)。」と判示するとおりである。

 ホストコンピュータに記憶・蔵置されている状態の画像データは、未現像の映画フィルムと同様に不可視なものである。したがって、端末側からホストコンピュータに接続し、わいせつ画像のデータをダウンロードしている状況をもって、わいせつ物たるハードディスクを「陳列」したと言うことはできない。

四、また、本件公訴事実が行われた一九九三年当時に、パーソナルコンピュータの標準的な基本ソフトとして使われていたMS−DOSは、同時に複数のソフトウエアを動作させることができない仕様となっており、通信ソフトで画像データをダウンロードしながら、画像閲覧ソフトで順次表示させていくというような使い方はできなかった。よって、画像データを閲覧するにはホストコンピュータとの接続を切り、通信ソフトを終了させることが必須であった。

 そうすると、(4)で電話回線を切断したと同時に、ホストコンピュータのハードディスクが端末側からの閲覧に供されている状態は終了すると言わなければならない。端末側では、(5)で画像表示ソフトを立ち上げ、画像データファイルを表示させるが、この時表示されているのは、端末側コンピュータのハードディスク等に記録されたデータファイルであって、ホストコンピュータとは無関係である。

 すなわち、わいせつな画像として観覧可能な状態に置かれたのは、画像データが記憶・蔵置されたホストコンピュータのハードディスクではなく、ユーザーが使用しているパソコンのハードディスクに記憶・蔵置されているデータであって、ここで表示されている画像のもととなる有体物は、ユーザーが使用しているパソコンのハードディスクにすぎない。ユーザーはかかる画像を一般に公開しているわけではないから、「公然」と陳列しているとは言えないものである。

五、現在は、コンピュータの性能が飛躍的に向上し、同時に複数のプログラムを実行すること(マルチタスク)が可能になったので、インターネットに接続されたホストコンピュータから大量の画像データをダウンロードして、回線を接続したままで、短時間でディスプレイに表示させることができる。
 しかし、画像データのダウンロード及び表示の過程が自動化されていると否とにかかわらず、端末側のディスプレイに表示されているのは端末側のコンピュータのハードディスクにダウンロードされたデータであり、通信回線を介して、ホストコンピュータに記録されたデータを直接閲覧しているのでないことに変わりはない。

 コンピュータネットワークにおける情報流通は、端末側から送られてきた要求(コマンド)に応じて、ホストコンピュータに記録されているのと同一のデータが複製され、細分化されて小包のごとく送り出されて来るのである。端末側では、送られて来たデータを元の形につなぎ合わせてハードディスクに保存し、プログラムを実行して、表示させているのである。

 すなわち、コンピュータネットワークにおけるアップロードやダウンロードの本質は、ホスト・端末間で、各々のコンピュータに記録されているデータを複製し、通信回線を通じて転送することである。あたかも望遠鏡を通じてのように、端末側から通信回線を通じて、ホストコンピュータ内部の情報を覗いているかのごとく理解するのは誤りである。

六、ここまで述べてきたところからも明らかなように、本件公訴事実は「陳列」には該当せず、刑法一七五条が全く予定していなかった「情報の頒布・販売」とでも呼ぶべき類型なのである。

1、すなわち、本条の保護法益は社会に現存する健全な性的風俗であるが、単にわいせつ物を所持したり、一人で閲覧したりすることは規制の対象としておらず、「頒布」、「販売」を規制の対象としていることから、わいせつ「物」の占有移転を禁圧することによって右保護法益の侵害を防止しようとするかのようにも見える。しかし、「頒布」、「販売」と同時に、わいせつ「物」の占有が移転しない「陳列」をも規制の対象としていることから、これら三類型を統一的に、「物」に化体されているわいせつな「情報」が社会に流布することによって右保護法益が侵害されるのを防止しようとするのが本条の立法趣旨であると理解するのが相当である。

2、そこで、「物」に化体されたわいせつな情報の移転、流布に着目して、「陳列」と「頒布・販売」及び本件で問題となっているコンピュータネットワークを通じた配布の各行為を類型化してみる。
(一)「陳列」とは、わいせつ物を不特定または多数人の観覧可能な状態におくことであり、具体的行為としては、わいせつな文書図画を回覧・掲出すること、映画やビデオテープを上映すること等が考えられるであろう。
 ここで例えば、わいせつなビデオテープを上映し、同時に一〇名に鑑賞させた場合を考えてみる。この場合、ビデオテープを上映することによって、その現場でビデオテープに固定されたわいせつな情報が顕現し、右一〇名に伝播することになる。しかし、受け手側で情報を固定、把持しておくことができないため、わいせつな情報は陳列行為が終了すれば、人の記憶に残るのは別として、瞬時に消滅してしまう。
 このことから、同地性(陳列の現場でしか観覧できないこと)、同時性(陳列が行われると同時に情報が伝播すること)、及び揮発性(陳列された情報を記録にとどめておくことができないこと)が、「陳列」類型の特徴であると言うことができる。

(二)「頒布・販売」とは、わいせつ物を不特定または多数人に対し、無償(頒布)または有償(販売)で交付することである。

 例えば、前記のわいせつなビデオテープをダビングし、順次一〇名に譲り渡した場合を考えてみる。この場合、ダビングすることによって、わいせつな情報が複製され、新たなビデオテープ上に永続的に固定される。そして、右ビデオテープの占有が移転することによって、それとともにわいせつな情報も伝播するのである。譲受人はわいせつ物を占有する間、何度でもこれを閲覧することができる。  このことから、隔地性(頒布・販売の場所とわいせつな情報が観覧される場所が異なっていること)、時差性(頒布・販売が行われてから情報が伝播するまでに時間差があること)、保存性(頒布・販売を受けた物を占有していることによって情報も残ること)が、「頒布・販売」類型の特徴であるということができる。

 ここで注意すべきは、有体物に化体された「情報」を複製し、移転しても、送り手の手元にはオリジナルの「情報」が残存しているということである。これが、単なる有体物を頒布・販売するのと、「情報」を有体物に固定して右有体物を頒布・販売するのとの相違点である。

(三)次に、コンピュータネットワークを通じて、わいせつな情報を配布する場合を考えてみる。

 例えば、前記のわいせつなビデオテープの内容をデジタル化してホストコンピュータにアップロードし、一〇名がこれをダウンロードして鑑賞したような場合である。この場合、ホストコンピュータに記憶・蔵置されたわいせつな情報が複製されて、端末側のコンピュータに全く同一の情報が記憶・蔵置される。ホストコンピュータにアップロードされたオリジナルの情報はダウンロードを繰り返しても消滅することはない。また、端末側のコンピュータにも新たに同一の情報が生成されるので、繰り返して閲覧することが可能であるし、ネットワークを通じた再配布も可能である。

 このことから、隔地性(両地点がネットワークを通じて結ばれていること)、選時性(情報をアップロードする行為は一回限りであるが、複数の受け手が各々の適宜の時期にダウンロードし、適宜の時期にこれを鑑賞することができること。いわゆる「オン・デマンド」(on demand)と呼ばれる状態である。)、保存性(端末側のコンピュータにダウンロードしたファイルが残っている限り、情報が残ること)がこの類型の特徴であるということができる。

3、こうして、わいせつ物の頒布・販売類型とコンピュータネットワークを通じたわいせつな情報の配布の場合を比較すると、隔地性及び保存性の点において、両者は全く共通の性格を有している。

 しかし、両者の大きな相違点は、コンピュータネットワークを通じた情報の配布の場合は、情報が媒体の占有移転に依存せず、直接、送り手から受け手に移転するということにある。

 かかる類型は、コンピュータネットワークの発達によって初めて可能になった、有体物の占有移転に依存しない「情報の頒布・販売」であって、現行刑法が全く想定していなかった類型であるということが言えるのである(同旨 園田寿「わいせつの電子的存在について」関西大学法学論集四七巻四号一頁)。

4、この点に関して、木村順吾「情報政策法」一三五頁は、「確かに、猥褻情報が固定された媒体(パッケージ)やこれを再生する装置(プラットホーム)は、外見上直接にわいせつ性を帯びてはいないが、一定の操作により容易にわいせつ性が顕現するので、「その他の物」に含まれうる。しかし、その延長線上に、(中略)媒体や装置が所在しない場所で受信することまで含めることは、「陳列」概念の同地性を逸脱するし、さらに、即時利用でないインターネット(中略)同時性も逸脱する。こうした類推解釈は、有体媒体の物理的移転のない無体の情報だけのネットワーク移転、つまり販売・頒布を実質的に処罰することになってしまい、販売・頒布の対象を有体物に限る刑法一七五条の趣旨と矛盾してしまう。ゆえに罪刑法定主義の観点からは、旧式メディア技術を前提に立法された同条の類推解釈をもって、ネットワークを通じた情報流通を処罰することには無理がある。」と、現行刑法一七五条の適用の限界を明快に指摘している。

 

第四 罪刑法定主義と刑法一七五条

 

一、               本件では、刑法一七五条の構成要件のうち、「わいせつな文書、図画その他の物」、「陳列した」の解釈が問題となっている。すなわち、前者については、「わいせつな図画」とは何か、有体物を言うのか、情報を含むのか、後者については、「陳列」とは何か、情報の伝達は陳列にあたるのか、が主な問題となっている。
 いずれの要件も、これまで判例実務で何度となく問題とされ、その都度公権的に解釈されてきたが、刑法の構成要件は、厳格にかつ明確な内容ものとして解釈されなければならない。これは罪刑法定主義の基本的要請である。

 

二、「わいせつ図画」、「わいせつ物」に関する判例の見解

 

1、本件では、まず、対象となるものが何か、そしてそれは「わいせつな図画」ないし「わいせつ物」に当たるか否か、が問題となる。これは、問題の評価対象となるものがわいせつ性を有することを前提に、そのわいせつ性が化体・保持されている対象が、「物」すなわち「有体物」であるとすべきか、それとも無体物たる「データ」を含むとすべきかという点、及び更に、「物」であるとしても、構成要件上は「わいせつ図画」なのか、それとも「その他の物」なのか、という点もあわせ、問題となる。

 

2、これまでの判例を概観すると、おおよそ次のようになる。

 

第1類型 有体物を基本とする見解 これまで多数の判例が、問題となる対象は、有体物であるとの見解を堅持して、その中で、概ね可視的なものを「わいせつな図画」とし、可視的でないものを「その他の物」とするという見解を取ってきたようである。

 

(1)       写真誌(わいせつ図画にあたるとする)

 

(1)最高裁第三小法廷判決昭和五八年三月八日 ハードコアポルノ写真誌を、わいせつ図画に当たると判断修正範囲が狭くかつ不十分であり、芸術性もない。

(2)東京地判昭和六〇年三月一三日 見本誌、返品目的の写真誌等をわいせつ図画として、その所持につき、販売目的を認めた事案

 

(2)       フイルム(わいせつ図画にあたるとする)

 

(3)大判大正一五年六月一九日 わいせつな映像の焼き付けられているフイルムをわいせつ図画と判断

(4)東京地判昭和六〇年一〇月二三日 輸入浮世絵映画フイルム わいせつ出版物 一審

(5)東京高判昭和六一年九月二五日 輸入浮世絵映画フイルム わいせつ出版物 控訴審

(6)名古屋高判昭和四一年三月一〇日 未現像映画フイルム

 

(3)      ビデオテープ(わいせつ物、わいせつ図画の両説あり)

 

(7)最高裁第二小法廷決定昭和五四年一一月一九日 ビデオテープ

(8)大阪地裁堺支部判決昭和五四年六月二二日 客の持ち込んだ生テープに、マスターテープから情報を複写ダビングした事案で、所有権移転があったとして、わいせつ物販売と認定

(9)富山地判平成二年四月一三日 ビデオテープのマスターテープを所持していたことが、わいせつ図画販売目的所持罪が認められたケース    「所持にかかるわいせつ物と、販売にかかるわいせつ物が、同一でなくても、わいせつ物を複写して複写物を販売する目的で所持するに至れば」、販売目的所持が認められる。

10)東京高判昭和六二年三月一六日(ビデオテープ販売事件判決)    わいせつビデオテープをわいせつ物と認定

 

(4) 録音テープ (わいせつ物にあたるとする)

 

11)東京地判昭和三〇年一〇月三一日    録音テープの再生が、公然陳列に当たるとした事例

12)東京高判昭和四六年一二月二三日    録音テープがわいせつ物である。

13)東京高判昭和四八年八月二九日 録音テープがわいせつ物である。

14)大阪地判平成三年一二月二日(ダイアルQ2事件判決) 「わいせつな音声を録音した物は刑法一七五条の文書、図画以外のわいせつな物に該当すると解される。」

 

(5) インターネットにおけるハードディスク(わいせつ図画にあたるとする)

 

15)東京地判平成八年四月二二日(いわゆるベッコアメ事件判決)    わいせつ画像のデータを記憶・蔵置させ、再生閲覧が可能な状況を設定し、もって、公然と陳列した。    「被告人のホームページにアクセスしてきた多数の者にわいせつ画像を送信して、再生閲覧させたものである。」

16)山形地判平成一〇年(わ)第一三号わいせつ図画公然陳列被告事件、平成一〇年三月二〇日判決

17)大阪地裁第二刑事部平成一〇年(わ)第六三八二号 わいせつ図画公然陳列被告事件 平成一一年二月二三日判決(確定)    少なくとも、フィルム、ビデオテープ等わいせつな画像のデータが化体した物が存在する場合には、その物をわいせつ図画と認めることができる。    本件において、わいせつな画像のデータそのものがわいせつ図画ということができるかについてまでは、検討しないが、少なくとも、右データが記憶・蔵置されたディスクアレイをもってわいせつ図画ということができる。

18)大阪地裁平成一一年三月一九日判決 同趣旨

19)東京地裁刑事第一二部平成一〇年(わ)第四三五号     平成一一年三月二九日判決 同趣旨

 

(6) パソコン通信におけるシステム  (わいせつ物にあたるとするのが多く、わいせつ図画としたものもある)

 

20)横浜地方裁判所川崎支部平成七年(わ)第一八一号猥せつ物公然陳列被告事件 平成七年七月一四日調書判決     「電話回線に接続したシャープ製X6800のハードディスク内に記憶させると共に、右画像データをパソコンのホスト用ソフトウェアの管理機能に組み込み、いわゆるダイアルQ2あるいは一般の電話回線を使用し、パソコン通信の設備を有する不特定多数の顧客に右猥せつ画像が閲覧可能な状況を設定し、右猥せつ画像の情報にアクセスしてきた***ら不特定多数の者に右データを送信して再生閲覧させ、もって、猥せつ物を公然陳列したものである。」

21)京都簡易裁判所平成七年(い)第一六四九号わいせつ物公然陳列被告事件 平成七年一一月二一日略式命令(確定) 「電話回線に接続したNEC製パーソナルコンピューターのハードディスク内に記憶させて、パソコン通信の設備を有する不特定多数の顧客に右わいせつ画像が閲覧再生可能な状況を設定し、右わいせつ画像の情報にアクセスしてきた***ら不特定多数の者に右データを送信して再生閲覧させ、もって、わいせつ物を公然陳列したものである。」

22)札幌地方裁判所平成八年(わ)第四一四号わいせつ図画公然陳列被告事件、平成八年六月二七日刑事第三部二係判決(確定) 「ホストコンピュータの管理機能上、電話回線を経由してホストコンピュータにアクセスしてくる不特定多数の会員が右わいせつ画像データを受信し復元閲覧することが可能な状態を設定し、わいせつ画像データにアクセスしてきた〈氏名略〉ら不特定多数の者に右わいせつ画像データを送信して復元閲覧させ、もって、わいせつな図画を公然と陳列したものである。」

23)京都地方裁判所平成七年(わ)第八二〇号わいせつ物公然陳列被告事件、平成九年九月二四日第二刑事部判決(控訴中) 「本件アルファーネットの利用者が被告人のホストコンピューターにアクセスし、右画像データをダウンロードして再生しさえすれば、容易にわいせつ画像を顕出させることができることも証拠上明らかであるから、本件におけるわいせつ物とは、わいせつ画像のデータが記憶・蔵置されている特定の右ハードディスクであると考えることができる。この理は、わいせつな映像が記憶されたビデオテープの場合と同じである。ただ、本件ハードディスクの場合には、ビデオテープの場合に比べて、そこに記憶・蔵置されたわいせつ画像を顕出させるために、より複雑な操作・機器等が必要であるに過ぎない。」 ・第2類型 有体物ではない、わいせつ図画のデータを、「わいせつ物、その他の物」に含ませるもの。
(24)岡山地判平成九年一二月一五日(岡山FLマスク事件判決) 「有体物としてのコンピュータは何らわいせつ性の無い物であり、これをわいせつ物であるということは、あまりに不自然かつ技巧的である。また、わいせつな映像のビデオテープやわいせつな音声をを録音した録音テープがわいせつ物であることは確定した判例であるが、これらの場合も有体物としてのビデオテープや、録音テープがわいせつであるわけではなく、それらに内蔵されている情報としての映像や音声がわいせつであるに過ぎない。」、「わいせつ図画を含むわいせつ物を有体物に限定する根拠はないばかりでなく、情報としてのデータをもわいせつ物の概念に含ませることは、刑法の解釈としても許されるものと解すべきである。」

 

二、             判例の流れと本件の特徴

 

以上検討してきた判例の流れのなかで問題となるのは、まず、本件が第一類型にあたるのか、それとも第二類型のデータ説を採用するのか、という点、次に、第一類型の有体物説の中での、パソコン通信における「わいせつ物」の議論をどのように理解するか、という問題である。

 

いずれにしても、本件は、右二点に関して、我が国の最初の高等裁判所の判断となる貴重なものである。

 

1、 問題点

 

1 有体物説かデータ説か

 

有体物説を取るのか、データ説を取るのかは、刑法一七五条の解釈そのものに触れる基本問題であることは言うまでもない。
 原判決(23)は、既に指摘したように、有体物説を取る事を明らかにしたが、その根拠は明らかではない。全く理由を指摘することなく、ただ漠然と、「本件におけるわいせつ物とは、わいせつ画像のデータが記憶・蔵置されている特定の右ハードディスクであると考えることができる。」と述べただけである。これは、解釈の可能性を指摘したに止まり、何故に本件のわいせつなデータを問題としないか、をまったく述べておらず、単純にハードディスクを問題とすることに終始した。

 

これに遅れること三ヶ月後に、データ説を採用する岡山マスク事件判決(24)が言い渡されたのだが、右判決が提起した「有体物としてのコンピュータは何らわいせつ性の無い物であり、これをわいせつ物であるということは、あまりに不自然かつ技巧的である」という問題意識に対して、原判決の論旨は全く解答になっておらず、研究不足のそしりを免れない。

 

本件において、裁判所が有体物説を取るのであれば、なぜに被告人のコンピュータの内蔵されたディスクアレイをもって、わいせつ物と言えるのか、を根拠を示して明らかにしなければならない。岡山マスク事件判決(24)言い渡し後に、学者の間にも、データ説を支持する有力な見解(堀内捷三「インターネットとポルノグラフィー」研修第五八八号五頁)も現れるなど、問題点もより明確になっていることから、高等裁判所としては、当然それらを検討し、後世の批判に耐えうる判断を示す義務が生じている。

 

2、 問題点

 

2 わいせつ物か、わいせつ図画か

 

原判決は、本件の対象が「わいせつ物」であるとし、「この理は、わいせつな映像が記憶されたビデオテープの場合と同じである。ただ、本件ハードディスクの場合には、ビデオテープの場合に比べて、そこに記憶・蔵置されたわいせつ画像を顕出させるために、より複雑な操作・機器等が必要であるに過ぎない。」と説明している。しかし、既に見たようにビデオテープにあっても、わいせつ図画と解する余地があり(9)、この点も何故わいせつ物なのか、あるいはわいせつ図画ではないのか、が明らかにされなければならない。

 

原判決は、ビデオテープとハードディスクを同種の物として、同様な論理によって説明が可能としているようである。しかし、前記判例のうち、ビデオテープの事件は全て、販売または販売目的所持の事案であって、わいせつ物またはわいせつ図画とされた当該ビデオテープの占有が移転するケースであった。本件は、わいせつ物であるハードディスクが移転せず、販売目的で所持されていたわけでもないのであるから、ビデオテープの販売と同様には理解できないはずである。

 

また、原判決は、ビデオのダビング事件をわいせつ物販売とした前記(8)の事件と矛盾する判断をしたものである。すなわち、右判決はマスターテープのデータの複製を作ることを販売と構成したのであって、マスターテープが移転していない場合でも、データが複製されて移動する場合を「販売」(頒布)としたのである。ところが、原判決は、ハードディスクに記憶・蔵置されたオリジナルのデータを不特定多数人が観覧しているという擬制を行い、これが「陳列」に当たるとする前記判決と異なった判断を行ったのである。 さらに、ビデオテープの事例と同じであれば、前記(9)の事件と同様に、わいせつ物の所持となるのが自然であって、陳列概念で捕らえること自体、右判決と異なることになる。この点でも明確な判断をする必要がある。

 

前記判例を分析すれば明らかなように、インターネットのわいせつ事件ではすべてが「わいせつ図画」として取り扱われているものの((15)ないし(19))、パソコン通信におけるわいせつ事件では、一件(22)を除き、他は全てが「わいせつ物」として処理されている。インターネットのシステムと、パソコン通信のシステムの違いを理解しているものと思われるが、その違いと、この判断の違いの相関も明らかにされなければならない。原判決はこの点まったく思慮だにしておらず、高等裁判所の判断すべき内容となる。
3、問題点3 「陳列」概念の明確化 本件は、「陳列」概念が問題となるにもかかわらず、原判決は「陳列」とは何かについて全く検討していない。伝統的なわいせつ物の陳列であれば、そのわいせつ物は可視的であるが、物に化体されたわいせつな情報(データ)をの陳列に関しては、その実行行為たる「陳列」概念が検討されなければならない。

 

この点、前記判例の中で、「陳列」が問題となったのは大阪地判平成三年一二月二日(いわゆるダイアルQ2事件判決(14))である。この事件では、「公然陳列とは、わいせつ物を不特定または多数の人が観覧できるような状態に置くことであるが、わいせつな音声を録音したものを陳列する場合とは、通常、その録音内容を不特定又は多数の人が聴取できるような状態にすることと解するのが相当である。」として、「誰でも、いつでも、どこからでも、所定の電話番号のところに電話をかけることによって・・・聞く事ができる状態にした」と認定した事実が陳列だと判断したのである。 ところが、パソコン通信の場合は、限られた会員が(⇔誰でも)、自ら管理し、受信できる体制にあるパーソナルコンピュータによって(⇔どこからでも)、所定の手続きを経ることなくしてはアクセスできない。また、電話を掛けさえすれば音声が聞こえるのとも異なり、端末側のパソコンで受信して、受信と同時に見えるのではなく、受信によって、ファイルがハードディスクの中に生成され、いったん回線を切断して、そのファイルを自らのハードディスクから、メモリに呼び出して、画像に転換して、モニターに表示して初めて見えるのである。この過程は、まさに、ファイルが複写されて送信され、端末側のハードディスク内に記憶・蔵置され、それを閲覧しているのであって、閲覧に供されているのは端末側のパソコンのハードディスク内の情報である。これを自然に観察すれば、情報ファイルの頒布であり、利用者は頒布された情報ファイルを、自分の管理下で見て楽しんでいるだけである。これはまさに、ビニール本を購入して、郵便で送付してもらって、それを受領してから、自分の部屋でそのビニールを破いて、わいせつ図画を鑑賞するのと同じなのである。 したがって、大阪地裁のダイアルQ2事件とは大きく異なるものであって、その点の吟味も十分行わなければならない。

 

三、 憲法三一条、四一条違反について

 

原判決は、刑法一七五条の構成要件について右に述べたような種々の判例と矛盾する法解釈をし、かつ、かような法解釈をすべき根拠について明確にしていない。その結果、本条の構成要件については拡張解釈がなされており、いかなる行為が本条の構成要件に該当するかについて、一般人の予測不可能な事態が生じていると言わなければならない。

 

これは、罪刑法定主義が包含する二つの原則、すなわち、行為者にとって何が犯罪であるかが予め明確になっていなければならないとする「事後法の禁止」の原則(憲法三九条)、及び立法者の意図しない拡張解釈を行っている点で「法律主義」の原則に反するとともに(同三一条)、国会の立法権を侵害するものである(同四一条)。

司法権の行使は、国会が定めた法律の範囲内で適正に行われる必要があるのであって、立法の当時に刑法が予定していなかった事態が生じている現在においては、現行刑法の構成要件を現在起こりつつある事態に当てはめることはできないはずである。現行刑法の改正は、立法府の義務であって、適用できる法律がないときは、無罪を言い渡すのが司法の役割である。

当罰性があるからと言って、立法府の意図しない勝手な法解釈を行い、無理矢理構成要件を拡張解釈することは、罪刑法定主義に違反するとともに、立法権を侵害することになるのである。原判決は、これらの憲法の基本原則に違反するものである。

 

第五 パソコン通信のホストコンピュータの管理者の責任

 

一、原判決は、次のとおり述べて、被告人にわいせつ物公然陳列罪の成立を認 めた。

前掲関係証拠(略)によると、次の事項が認められる。
1 被告人は、本件パソコンネットを開設運営し、ホストコンピュータを所有管理していた。 2 右のような地位にあった被告人は、わいせつ画像を見せて、会員を増やせば金儲け になるとの考えから、会員がわいせつ画像のデータをハードディスクにアップロードするのを単に黙認していたというのではなく、自ら電子掲示板で会員に対し、わいせつ画像をアップロードするよう奨励するとともに、わいせつ画像のデータを三〇画像分アップロードした会員には二ヶ月分の会費を免除し、多数あるわいせつ画像データ を会員がアクセスしやすいように分類するなどしていた。 3 被告人は、会員がアップロードした画像データの内容のすべてを確認したわけではないとしても、画像データのおよその数を把握していたばかりでなく、その内容がわ いせつ画像データであろうとの認識を有していた。

 

右のような事実によると、会員がアップロードした画像データの分についても、被告人が正犯として刑責を負うのは明らかである。

しかし、これらの事実が認定できれば、何故に他人がアップロードした画像データについて、ホストコンピュータの管理者である被告人が刑事責任を負うのかの点について、全く根拠が述べられていない。

二、              この点に関して、ドイツの「情報通信サービスの利用に関する法律」第五 条は、プロバイダーについて、 (1) 自らが発信する情報内容については、一般原則に従って責任を負う。 (2) 自己のサーバーに蔵置された、他人が発信する情報については、その内容を知り、そしてその利用を妨げることが技術的に可能であり、かつ期待可能であるときにのみ責任を負う。 (3) 単に他のサイトへのアクセスの媒介をしたにとどまる場合は、責任を負わない。 と規定している(山口厚「情報通信ネットワークと刑法」岩波講座現代の法6 現代社会と刑事法 一一四頁)。

 

本件との関係で問題になりうるのはAの場合であるが、本件に即した現行刑法の解釈としては、ホストコンピュータにわいせつな画像のデータが記憶・蔵置されている場合、管理者がこれを削除すべき作為義務を負うか、及びその根拠が問題となる。

 

この点については、電気通信事業法第四条の解釈として削除義務を肯定し得ないとする見解があるほか、管理者にわいせつ情報の削除という作為義務を負わせるためには、当該情報に対する「排他的支配」が必要であり、これが認められるためには情報をアップロードした者自身による削除義務の履行が期待し得ないことが必要であるとの見解がある(山口厚 前掲)。

 

また、わいせつ情報そのものを刑法一七五条の規制対象としうると考える論者も、管理者の責任を認めるについては消極的であり、一定の要件の下に削除義務を課し、その違反のみを処罰の対象とするのでなければ、管理者は性秩序や性風俗といった法益を保護する後見的役割を有するわけではないから、わいせつ情報を削除すべき作為義務を負うと解するのは困難であると述べる(堀内捷三「インターネットとポルノグラフィー」研修五八八号一〇頁)。

 

裁判所は、単なる事実を羅列するだけでなく、右に挙げたような種々の見解との関係で、まず、いかなる要件を充たせば管理者にわいせつ情報を削除すべき作為義務を認めることができるのかについて明確な規範定立をなし、しかる後に、本件の事実関係がかかる要件のいずれに該当するのかを明らかにすべきである。

 

第六 結審に当たって(結語)

 

コンピュータネットワークにおけるわいせつ情報の流布を、刑法的にどのように評価するかは、実は先進諸国が共通して抱える問題である。
 我が国の刑法の母国であるドイツにおいては、「物」の中に、ハードディスク内の電磁情報を入れることには無理があるということを明確にして、一九九六年に刑法改正に踏み切った。裁判所には、この改正の一切は、既に顕著な事実であり、詳細を述べることはあえてしない。また、検察官も当然ながら、この議論を踏まえて、公訴を維持しているものと思われるので、その関係でもあえて深くは議論しない。しかし、我が国刑法の母法ともいうべきドイツ刑法が、構成要件該当性を否定したこと、すなわち、わいせつ情報について従来の有体物に対する法規制をそのまま適用することは罪刑法定主義に違反するという判断を下している事実は、当裁判所も無視しては通れないはずである。

 

さらに、アメリカ連邦刑法や、ニューヨーク州などの主要州法においても、それぞれ法典の改正が行われ、「送信」概念を明確にして、処罰の内容を明示していることも、当裁判所には顕著な事実であると思われる。 こうした世界の趨勢は、コンピュータネットワークにおいては、旧来の技術を前提に立法された刑法の概念ではとらえられない事態が進んでいることを正面から認め、それに正面から対応していることを示す。我が国では、立法部門がこのような立法の趨勢に対して極めて無関心であり、司法部門においても、遺憾ながら、刑法の概念の拡張解釈、ないしは骨抜きで、このような事態に対処しようとしている。これは、我が国の司法が、罪刑法定主義の原則に立脚しない無原則な司法に堕することを意味しており、立法部門の怠慢を擁護し、専ら当罰性の要請に応えるだけの極めて政治的な判断を行うことになる。

 

当裁判所には、弁護人らが指摘した諸点に対して、世界の刑法の動向及び、世界の司法判断の動向を踏まえた、国際感覚に優れた判断を行う義務があり、そのような判断を行う用意がなされていることを確信するものである。

 

以  上