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【第一法規出版『情報ネットワークの法律実務』所収予定:ベータ版】
刑法における情報の位置づけ
園田 寿
1 情報という言葉
情報理論家の数だけ「情報」の定義が存在するといわれる。人間の五感作用によって具体的にその存在を了解できる「物」に比べて、形のない「情報」は確かに厳密な定義の対象となりにくい。しかし、日常的な用語というレベルで考える限り、「情報」という言葉はきわめて単純で明確な内容をもっているといえよう。多くの一般的な辞書では、「情報」には「実情に関する知らせ、何らかの知識を与えるもの」といった趣旨の定義がなされている。日常生活では、この程度の内容で必要かつ十分であるといえるだろう。誘拐事件についての情報提供、株価情報、就職情報など、日常的にわれわれが接する「情報」は、すべて「何かについての知らせ」だからである。人がその対象に何らかの意味を感知し、あるいは価値を認知したモノが情報であるといってよいであろう。
では、情報の価値はどこで生まれるのか。それは社会関係においてこそ求められることになるだろう。人の生は、多種多様な人びととの社会的交渉の連続から成り立っており、社会は情報の送り手と受け手において絶え間なく情報交換が行われる「意味的時空間」だからである。人が単なる生物的存在ではなく、外界に生じる出来事の意味を解釈し、意味的選択に従って行動し、生きる存在である以上、われわれの周囲にはこのような意味において情報が溢れているのである。社会生活を規律し、法益を保護する刑法もこのような意味における情報に本来的にかかわるものであるといえよう。
ところで、社会関係において情報に価値が生じるということは、そこでいわば契約的な合意形成がなされるということである。そうだとすれば、情報と物には社会的な在り方において基本的な差異はないことになる。しかし、情報については物と比べてかなり異なった性質が認められるのである。情報は容易にコピー可能であり、オリジナルとコピーは原理的に判別不可能となる。情報を無限にコピーしても、オリジナルは磨耗しない。物については事実的な排他的利用が可能であるが、情報については複数の独立主体による共時的な利用が可能であるなど、法的問題の考察にとってかなり複雑な性質を示している【1】。
以下では、情報というものを切り口として、刑法における情報の位置づけについての分析を試みたい。情報とはどのような性質をもち、刑法は情報をどのようにして保護あるいは規制しようとしているのか。刑法における情報の位置づけについてのスケッチを描くことが本稿の目的である。
2 刑法典に現れた「情報」
1 刑法における情報の形態
「情報」を切り口として改めて刑法典を見ると、多くの犯罪類型において刑法はさまざまな情報の発現形態と関わっていることがわかる。刑法典に現れた情報の具体的な発現形態を見ると、二つの形式に分類できるように思われる。すなわち、(1)情報が何らかの「意味」そのものとして扱われる場合と、(2)情報が一定の物理媒体に化体したものとして扱われる場合である。便宜的に前者を無形的情報と呼び、後者を有形的情報と呼んで区別したい。そのほとんどは「情報」についての日常的な素朴な定義によって理解することができるが、1987年(昭和62年)の刑法一部改正によってコンピュータ犯罪に関する若干の諸規定が導入された結果【2】、専門的な意味をもった情報概念も刑法典に混在することになった。すなわち、刑法7条の2で「電磁的記録」についての定義規定が置かれ、「この法律において『電磁的記録』とは、電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られる記録であって、電子計算機による情報処理の用に供されるものをいう。」と定義されている。本条にいう「記録」とは、データや情報、あるいは記憶媒体そのものではなく、一定の記憶媒体上に情報またはデータが記録、保存されている状態を意味する。情報処理用語としては、「データ」とは「人間又は自動的手段によって行われる通信、解釈、処理に適するように形式化された事実、概念又は指令の表現」(JIS・C6230・01・01・01)とされ、「情報」は「データ通信を表現するために用いた約束に基づいて、人間がデータに割り当てた意味」(JIS・C6230・01・01・02)であるとされている。「情報」という語は他に刑法234条の2(電子計算機損壊等業務妨害)と刑法246条の2(電子計算機使用詐欺)においても使用されているが、これらにおける「情報」はこのような専門的な「データ」概念と「情報」概念の両者を含むものとして使用されている。
なお、「(虚偽の)陳述」(169条[偽証])や「(害を加える旨の)告知」(222条[脅迫]・223条[強要])、「事実の摘示」(230条[名誉毀損])、「(虚偽の)情報」ないしは「(不正の)指令」の入力(234条の2[電子計算機損壊等業務妨害]・246条の2[電子計算機使用詐欺])などのように、一定の情報発信が犯罪とされる場合もあるが、以下での考察は行為の対象としての情報に限定する。
2 無形的情報
(1) 無形的情報の類型
無形的情報とは、情報本来の非定型非物質の性質がそのまま前提にされているものである。刑法典において保護の対象とされていると考えられる無形的情報としては、「秘密」(134条[秘密漏示])、「利益」(82条[外患援助]・236条2項[2項強盗]・246条2項[2項詐欺]・246条の2[電子計算機使用詐欺]・247条[背任]・248条[準詐欺]・249条2項[2項恐喝])、「説教」(188条2項[礼拝所不敬及び説教等妨害])などが考えられる。
無形的情報については、保護の対象とすべきものが不明確とならざるをえないから、これに広範な保護を与えることは、刑罰法規の明確性原則や(もっとも強力な制裁である刑罰的制裁は他の制裁が不充分な場合を補うものであるという)補充性原則から不適当である。刑法典も、無形的情報の内容だけではなく、とくに侵害の違法性が強い行為や情報の保有主体(身分犯)との関連において保護すべき無形的情報の範囲を決定しているものと考えられる。
(2) 守秘義務について
前述のように、情報はコピーがきわめて容易であり、しかもコピーコストがゼロに等しい。さらに、コピーとオリジナルの区別が原理的に不可能である。これは物質と区別される情報のもっとも重要な性質の一つであり、これによってはじめて知識の蓄積と普及が可能となる。しかし、情報は最初に生産し、収集することに時間と費用がかかるのであって、いったん生産・収集された情報は、追加的な費用はほとんど無視して再利用可能である。また、情報は多くの者によって享有されればされるほど洗練され、情報の質が高まる。物質(=エネルギー)は情報によってコントロールされるから、質の高い情報は社会全体の効率性を高める。これらは、情報が自然に社会に拡散するような性質をもっていることを意味する。このような点から、「情報は公共財である」といわれることがある【3】。しかし、特許権や著作権などのように、規範的制度的に情報の無限定な社会的拡散をコントロールすることは可能であり、刑法では一定の無形的情報についてその人的な流通範囲を限定するという方式がとられている。
守秘義務とは、特定の情報が一定の人的範囲の外に流出しないことを保護しようとする法制度である【4】。これは、いわゆるデータ管理型の秘密保護法制の典型的類型である。社会関係が複雑になり、さまざまな機間が多種多様なデータを保有するようになるにつれて、この保護の形態は今後も重要となるだろう。秘密漏示罪(134条)は、医師や弁護士、公証人などの者が、業務上知りえた他人の秘密を漏らすという行為を処罰する。ある情報が「秘密」とされるためには、@非公知性、A秘匿意思、B秘匿の利益が一般に要求されるが、秘密の概念じたいは無限定なものであるから刑法は行為主体の身分との関係で秘密の範囲を客観的に限定できるような形で構成要件を記述したのである。ただし、現行刑法で「秘密」という言葉が使用されているのはこの秘密漏示罪だけであり、その意味では本条が直接「秘密」を保護しているように考えられるが、通説の立場からいえば、秘密漏示罪が保護しているのは、たとえば患者の医師(医療制度)に対する信頼感、依頼人の弁護士(司法制度)に対する信頼感であって、「秘密」そのものではないとされている。一般人の一定の職業に対する信頼感を保護することによって、その反射的効果として「秘密」が保護されているにすぎない。したがって、刑法は「秘密」を直接保護するような態度は取っていないといえる【5】。
(3) 財産上の利益としての情報
いわゆる2項犯罪(強盗罪・詐欺罪・恐喝罪)では、「財産上の利益」が客体とされている。「財産上の利益」とは、財物以外の財産上の利益であり、積極的利益であると消極的利益であるとを問わず、また一時的利益であると永続的利益であるとを問わないとされている。通常は、債権の取得や債務の免脱、債務履行期限の延期などであるが、情報そのものに財産的価値が認められる場合には、情報それじたいが2項犯罪の保護対象となりうる。
「財産上の利益」としての情報とは、何らかの価値ある情報であって、当該情報の利用のために何らかの資源または労働力の特別の投入が必要とされるような情報と考えるべきであろう。「価値ある情報」とは個人の行動に対して何らかの影響を与える情報であるが、それを入手するために何らの費用もかからなければ財産犯としての保護の対象とすることはできない。財産上の利益として保護の対象になるのは、情報の「生産(研究・開発・調査)、伝達、蓄積・収集、検索、分析など、情報に関連する操作に何らかの特別な人的(あるいは機械的)サービスが必要とされるもの」と考えるべきであろう。
なお、背信行為として機密情報を漏らしたような場合には、背任罪の成立も考えられる【6】。ただし、背任罪が認められるためには、事務処理者たる地位、任務違背、図利加害目的、財産上の損害の発生などの要件が満たされる必要があるため、現実の事案としては限られるだろう。
3 有形的情報
(1) 有形的情報の類型
情報は本来非定型でかつ一時的な存在である。したがって、情報をそれじたいとして保存することはできず、情報は常に何らかの物質のパターンとして記録される。その存在形態は、情報媒体の物理的性質に従って多種多様でありうる。紙や石から磁気媒体にいたるまで、情報は、文字、数字、記号、画像、サウンドなどとして、さまざまな物質に定着する。特許権や実用新案権、著作権など、情報を財産権の対象として特別に保護する知的財産法の分野でも刑事罰が用いられているが、刑法に限らず現行の法体系は、基本的に物質からなる有体物を法的な対象としている。商取引の対象となる商品の多くは五感の作用によってその存在を確認できるものであり、現実には紙やCD-ROM、フィルムやビデオといった物質を媒体として情報が取引されている。
刑法典における有形的情報としてはざっと次のような犯罪類型において認められるだろう。
「封印」(96条[封印等破棄])、「信書」(133条[信書開封]、263条[信書隠匿])、「貨幣、紙幣又は銀行券」(148条以下[通貨偽造の罪])、「御璽、国璽又は御名、印章又は署名、詔書、文書、図画、記録、記載、診断書」(154条以下[文書偽造の罪])、「証券、株券、有価証券」(162条以下[有価証券偽造の罪])、「印章、署名、記号」(164条以下[印章偽造の罪])、「文書、図画、物」(175条[わいせつ物頒布等])、「富くじ」(187条[富くじ発売等])、「境界」(262条の2[境界損壊])、各種財産犯における「財物、物」など。また、電磁的記録についても、それが有形的情報として位置づけられていることに注意すべきである。コンピュータによって情報が電磁的記録としてハードディスク等に記録される場合であっても、情報が物理的な記憶媒体に記録・保存されているにすぎない。これについて立法関係者は、「電磁的記録とは、一定の記録媒体上に情報あるいはデータが記録、保存されている状態を表す概念であって、情報あるいはデータそれ自体や記録(記憶)媒体そのものを意味するものではない」としている【7】。したがって通信中のデータも「電磁的記録」ではなく、電磁的な記録媒体に化体された限度でデジタルな情報が保護の対象とされているのである。
(2) 有形的情報の保護
従来、契約書や請求書、小切手や手形など、取引に不可欠の制度も紙という物理的な媒体に表現されてきた。このような物理媒体と一体化した情報について文書犯罪の類型が構成されてきたのであった。現行刑法は、文書作成名義の形式的な真正性を保護する有形偽造を基礎として、補充的に文書の内容的真実性を保護する無形偽造を処罰しているが、偽造の客体としてはともに有形的情報を前提としている【8】。また、1987年の刑法改正によって新設された電磁的記録不正作出罪(161条の2)における、人「の事務処理の用に供する権利、義務又は事実証明に関する電磁的記録」は、直接的な可視性・可読性の点において文書と異なるだけであり、現実の空間においてそのような機能を果たすものとパラレルに構成されている。これも有形的情報を前提としていることは既述の通りであるから、オンライン上でのさまざまな取引にそのまま本条が適用可能かといえば必ずしもそうではない。
またとくに個人情報についていえば、たとえば住民票や自動車登録ファイルあるいは登記簿など、現在、多くの情報が電磁的記録の形で行政機関において保有されている。このような電磁的記録に対する侵害行為、具体的には特定の情報の改ざん・消去、虚偽記載等の行為については、@電磁的公正証書原本不実記録・不実記録電磁的公正証書原本供用罪(157条1項、158条1項)、A公電磁的記録不正作出罪(161条の2第2項)、B電子計算機損壊等業務妨害罪(234条の2)、C公電磁的記録毀棄罪(258条)等による処罰が可能である。要するにコンピュータ・データの形で保有されている情報を、無断で改ざんしたり消去したりする行為が処罰の対象となっている。情報の不正入手や不正コピーは、現在のところ刑法典における処罰の対象外である。
このような事情は、財産的情報についても同様である。
情報生産には必然的にリスクが伴う。情報の生産や収集に投入された物的人的資源の大きさが必ずしも情報の価値と正比例するとは限らず、重要な情報が偶然生産されることもある。つまり、情報の生産においては、成果の確実性が常に保障されてはいないのである。情報生産に伴うこのようなリスクを回避するため、いったん生産された情報は、他人によって容易に模倣され、また無断でコピーされやすい。情報がコピーされることによって当該情報について認められるべき諸権利は容易に侵害され、強制的に被害の回復を実現することはきわめて困難となる。従来、このような点から有形的情報が問題となったのはとくに財産的情報の場合であり、財産的情報が化体した物(書類や秘密の触媒など)の侵害によって情報が侵害される場合である【9】。
この場合、(有価証券についての被害額が一般にその券面額をもって損害とされるように)客体の財物性は情報媒体の素材としての財産的価値ではなく、情報と媒体が一体となったものとしてとらえられる。裁判所は、たとえオリジナルを持ちだしてコピー後に返却したとしても、物の一時的な持ち出しという外形的な行為をとらえて不法領得の意思を肯定し、窃盗罪あるいは業務上横領罪の成立を肯定している。物の侵害という外形的な行為が犯罪成立の鍵となる。
ただし、このような刑法の運用が好ましいかといえば、必ずしもそうではない。たとえば奪取罪である窃盗罪は、行為者が財物に対する他人の占有を排除して自己の占有を設定するという点に本質がある。つまり、奪取罪の本質は「財産の移転」である。ところが、情報は、複製可能であり、複製してもオリジナルは残り、磨耗しない。そこで判例は、一時的に物の占有を侵害した点を強調して窃盗罪を認めるのである。これは、窃盗罪が「物の侵害」から「物の利用妨害」という性格を強く持ってきたものと考えられる。この点で、有形的情報の侵害に対して窃盗罪を認めていくということは、窃盗罪の本来の姿から乖離していく可能性があるといえよう。
また、情報を自己のカメラで写すとか、その場でメモをとるというような行為によって侵害する場合には、具体的な物の侵害が伴わないので処罰することはできない。ここに有形的情報の保護についての刑法的限界が認められる。
情報に刑法的保護を与えることは、当該情報について刑罰を背景とした独占的な絶対的権利を認めることを意味する。特許法や著作権法などの知的財産法によって認められている無形的な情報でさえ、時間的内容的制限が設けられているのであるから、刑法によってこれを越えたより強力な包括的保護を認めることは問題があるように思われる。
(3) デジタル情報
なぜ有形的情報の場合に、物の侵害が重要な基準になるのか。その実質的な理由について、新薬産業スパイ事件判決【10】では次のように述べられている。「媒体を離れた情報は客観性、存続性において劣り、情報の内容が高度・複雑であればあるほど、その価値は減弱している。媒体に化体されてこそ情報は、管理可能であり、本来の価値を有しているといって過言ではない」。従来の物と情報の関係を前提とする限り、このような刑法的保護の限界はまったくその通りであって、情報という無形のモノに対する可罰的行為を客観的に限界づけるには、具体的な物の侵害を基準とせざるをえないのである【11】。
しかし、コンピュータの出現と通信技術の進歩は、このような情報の存在形式を劇的に変化させた。世界に存在する情報は、われわれがさまざまな媒体上で有形の形式で把握しているもの、数字、文字、画像などである。しかし、デジタル形式で表現されると、これらの情報はすべて0と1の連続という同一の形式をとる。しかも、現在では二次元の形式で記録されている有形の情報はきわめて簡単にデジタル化することが可能である。一般社会において情報が重要であるのとまったく同等に、これらのデジタル情報も間違いなく重要な意味を有している。しかし多くの場合、情報がデジタル化されることによって、権利侵害の危険性が高まり、有形の情報について認められてきたさまざまな権利の実効性が危うくなるのである。
さらに、今や情報がデジタル形式だけで存在し、ネットワークの中を流通している場合も少なくない。情報の物理的媒体に対する依存性が希薄になり、物理的な制約から解放されて、情報が電子的に存在し、移動しうるようになった。その結果、情報の伝達・収集・編集・改変・結合がきわめて容易になされるようになったのである。さらに、情報は、通信媒体によって瞬時に世界的規模で拡散する。有形の情報を広めるために必要である印刷機・複雑な流通システム・倉庫などは、デジタル情報については一切必要ではない。ネットワークに入力されたデジタル情報は、相手のディスプレイに有意味な情報として表示されるその直前までは、単なる電気信号としてネットワーク全体の中に非物質化されたままで記録されている。科学技術は、物流に依存しない情報の記録・伝達を可能としたのである。インターネットは、そのような科学技術が到達しえた一つの極致なのである。
(4) わいせつ情報
有形的情報の中で現在問題が表面化している問題の一つに、インターネットのわいせつ情報(サイバーポルノ)がある【12】。
刑法175条のわいせつ規制は、有形的情報に対するわいせつ規制である【13】。すなわち、わいせつ情報が何らかの物質に固定化された物を刑法は「わいせつ物」とし、そのような物の授受等を禁止することによってわいせつ情報が社会に拡散することを禁止する。文字情報が、紙や石、木、電磁的記録などさまざまなメディアを乗り換えるように、わいせつ情報もメディアを乗り換える。そして、そのたびに刑法175条の適用が問題となってきた。古くは映画が「図画」に該当するかが問題となり、裁判所は(わいせつ情報が固定化された)フィルムこそが「わいせつ物」であり、映写は「陳列」の手段であると判断したのであった【14】。サイバーポルノについても、インターネットに接続されたコンピュータないしはハードディスクをわいせつ物とするのが通説判例の流れである【15】。しかし、ここではインターネットという新たなメディアの前に、従来のわいせつ規制の問題が先鋭化されている。
学説では刑法175条における有形的情報としてのわいせつ規制から一歩踏み出し、「わいせつ物」を無形的情報として位置づけ、わいせつ画像データそのものを「わいせつ物(図画)」と解釈する見解もある【16】(下級審でも一例見られる【17】)。インターネットの仕組みからいえば、ユーザーがホームページのボタンをクリックしたとたん、画像データの送信要求コマンドがサーバーに送られ、サーバー内で「パケット」に細分化された画像データがランダムに選択された回線を通じてユーザーに送信され、ユーザーのコンピュータでデータが再結合されてディスプレイ上に表示される。つまり、画像データの「伝達」がなされているのである。しかし、データそのものを「物」と解釈すると、刑法174条(公然わいせつ)との区別が決定的に曖昧になるほか、わいせつデータの送信が「陳列」なのか「頒布」「販売」なのかについて深刻な混乱をもたらすように思われる。つまり、データの送信を物の移転を前提とした「頒布・販売」と呼べるのかは一つの問題なのである。とくに「販売」は物の移転による所有権の移転であり、物権法定主義に立つ民法は所有権を物(有体物)に対する権利としてのみ認めているからである(民法175条)。他方、サーバー・コンピュータないしはハードディスクを「わいせつ物」とする通説的理解からは、「わいせつ物」たるコンピュータないしはハードディスクじたいは頒布(販売)されておらず、処罰するためには上記のようなわいせつデータの送信を「陳列」とせざるをえないことになる。しかし、とくにマスク(モザイク)処理されたサイバーポルノについては、従来の陳列概念では捉えきれない問題が生じる。それは、いわゆる潜在的わいせつ性の問題である。
たとえばわいせつビデオテープのように、外観はわいせつではないが、一定の操作を行うことによってわいせつ性が顕在化するものについても、通説判例はわいせつ性を認めてきた。わいせつな未現像フィルムについても、それを購入した者において現像という操作を施すことによってわいせつ性が顕在化するのであるから、わいせつ物の頒布・販売罪が成立することは間違いない。しかし、未現像のわいせつフィルムをそのまま展示した場合には、その場においてわいせつ性は絶対に顕在化しえないのであるから、陳列罪にはなりえないこともまた当然である【18】。マスク処理されたサイバーポルノも、データを受信した者が事後的に自ら一定の操作を行ってはじめて彼のコンピュータ上でわいせつ性が顕在化する。つまり、マスク処理された状態でサイバーポルノをホームページに展示することは、わいせつな未現像フィルムの展示と同様であって、(たとえサーバー・コンピュータを「わいせつ物」と解しても)わいせつ物の「陳列」とはいえないのである。あえて言えば、サイバーポルノはわいせつの無形的情報の「頒布」であり、わいせつな有形的情報を規制する刑法175条の射程範囲を越える新たな現象なのである。
その他、わいせつは文化的価値観の問題でもある。地球的規模で情報が流通することから、わいせつの判断基準についても深刻な問題が生じている。ここではまさに刑事管轄権を含めた国内法的基準と国際法的基準の整合性が問題となっている。雑誌やビデオといった有形的なわいせつ情報であれば国境で遮断することはできる。しかし、無形のデジタルなわいせつ情報を国境で遮断することは技術的には不可能なことなのである。
3 情報規制論
サイバースペースが仮想空間であっても、それは電子的存在を媒介とした現実社会とのパラレルワールドである以上、現実社会での違法行為はサイバースペースでも原則的に違法とされなければならないし【19】、サイバースペースにも現実社会のあるべき規範を要求することは当然のことであろう。しかし、実際にサイバースペースにどのような規制が妥当しうるのかは別の問題である。規範として「規制すべきだ」という問題と、技術として「規制できるのか」の問題は区別しなければならない。インターネットは無数のコンピュータ・ネットワークを結合した地球的規模のネットワークであるから、個々のネットワークについての国内法的規制は可能であってもインターネット全体を管理することは不可能に近い。「システム全体の安定性の確保」がインターネットの一つの目標であり、たとえ地球上の一地域で法的な規制がなされたとしても、インターネットはそれをシステム障害として認識し、そこを迂回して情報を流しつづける。これは、通信施設とコンテンツ、回線を流れる情報についての国内法的位置づけと国際法的位置づけ、およびその両者の整合性という非常に厄介な問題となる。
そもそも法は一定の社会的要請があって制定される。また、法は単なる事実(社会)の記述ではなく(さもなくば社会の変化に応じて頻繁に改正作業が必要となる)、あるべき社会の表現であるから、そこで用いられる「言葉」も日常用語と厳密に一致せず、「社会はかくあるべし」という強い願望が込められて語られる。「物」や「人」といった基本的な言葉ですら、法の中では日常用語と異なった特殊な意味を帯びてくる。かくして法の言葉は字句本来の意味を核としながら、法じたいの構造においてある程度伸縮自在なものとなり、法は現実の社会変化に柔軟に対応できるようになるのである。しかし、社会の変化が急激であるとき、解釈による適用の限界が生じるときがある。おそらく、国家主権を基礎にした地理的な法域という点を考えても、従来の法規制には規範的な限界があるのであり、もしもサイバースペースに対する規制を考えるならば、それは技術的なもの、とくにインターネット全体に関係するソフトウェアの問題に収斂されるような気がする。あたかも日本の自動車がいわゆるリミッターと呼ばれるソフトウェア(ROM)によって180キロ前後になれば自動的に燃料がカットされあるいは点火が停止されるような仕組みになっているように。サイバースペースに妥当する(刑)法とは、実はソフトウェアなのかもしれないのである【20】。
【注】
- 稗貫俊文「情報をめぐる競争と法」現代経済法講座9『通信・放送・情報と法』275頁以下(三省堂1990年)、中山信弘「財産的情報における保護制度の現状と将来」岩村正彦他編『岩波講座 現代の法10 情報と法』270頁以下(岩波書店、1997年)。
- コンピュータ犯罪一般の解説については、園田寿「コンピュータ犯罪と刑法」オフィス・オートメーションVol.9 No.2、24頁以下(1988年)を参照せよ。
- 野口悠紀雄『情報の経済理論』40頁以下(東洋経済新報社、1974年)、浜田純一『情報法』7頁以下(有斐閣、1993年)
- 園田寿「行政における個人情報の保護―刑事法的観点から―」関西大学法学論集42巻3・4号127頁以下(1992年)
- 園田寿「私的秘密の刑法的保護」刑法雑誌第30巻3号391頁以下(1990年)
- 綜合コンピュータ事件(東京地判昭和60年3月6日判時1147号162頁、判タ553号262頁)。事案は、コンピュータ・ソフトウエアの開発・販売会社のインストラクターAと営業課長Bらが共謀の上、同社の顧客のコンピュータに対してのみ使用することになっているコンピュータ・プログラムが記録されたフロッピーシートを用いて、無断で同社の顧客でない者のコンピュータにプログラムを入力した、というものであった。裁判所は背任罪を肯定したが、事案は無形的情報そのものの漏洩ではなく、フロッピーシートが持ち出されているから、むしろ業務上横領罪とすべき事案であったように思われる。
- 米澤慶治編『刑法等一部改正法の解説』61頁(立花書房、1988年)、川村博「コンピュータ犯罪」平野龍一・佐々木史郎・藤永幸治編『注解特別刑法補巻(1)』14頁。
- 園田寿「文書偽造罪における『偽造』の概念について」関西大学法学部編『法と政治の理論と現実上巻』345頁以下(1987年)
- 山口厚「企業秘密の保護」ジュリスト852号46頁以下、佐久間修『刑法における無形的財産の保護』(成文堂、1991年)など。
- 東京地判昭和59年6月28日判時1126号3頁。なお、山中敬一「情報の不法入手と窃盗罪―新薬産業スパイ事件」別冊ジュリストNo.143『刑法判例百選U各論第4版』62頁以下(1997年)を参照せよ。
- 渡辺脩「『財産的情報』と刑法」日本弁護士連合会・刑法改正対策委員会編『コンピュータ犯罪と現代刑法』1頁以下(1990年)
- サイバーポルノと刑法については多くの論文があるが、さしあたり次のものを参照せよ。園田寿「わいせつの電子的存在について ― サイバーポルノに関する刑法解釈論 ―」関西大学法学論集47巻4号1頁以下(1997年)、佐久間修「ネットワーク犯罪におけるわいせつ物の公然陳列」『西原春夫先生古稀祝賀論文集第三巻』217頁以下(1998年、成文堂)、牧野二郎/小倉秀夫「インターネット法規制のゆくえ」インターネット弁護士協議会(ILC)編著『インターネット法学案内』(日本評論社)161頁以下(1998年)、牧野二郎『市民力としてのインターネット』[叢書]インターネット社会(岩波書店、1998年)、前田雅英「ハイテク犯罪の現状と課題」ジュリスト1140号92頁以下(1998年)、山口厚「情報通信ネットワークと刑法」『現代社会と刑法』(岩波講座現代の法6)103頁以下(1998年)。
- 無形的なわいせつ情報を規制するのは、刑法174条(公然わいせつ)である。この場合のわいせつ情報には永続性がないから、法定刑も刑法175条に比較して各段に低い。
- 大判大正15年6月19日刑集5巻267頁は、スクリーンに映写された映像は光線によって映し出された幻影であり物体ではない、という弁護人の主張に対して、「映画ヲ映写スルトキハ其ノ写出セラレタルモノニ依リ映画自体ノ如何ナルモノナルヤヲ認識シ得ヘキ状態ニ置クモノナルカ故ニ映画ヲ陳列」したものである、とした。
- 主な裁判例については、http://w3.scan.or.jp/sonoda/data/hanrei.htmlを参照せよ。
- 堀内捷三 「インターネットとポルノグラフィー」研修588号3頁以下(1997年)
- 岡山地判平成9年12月15日公刊物未登載
- 名古屋高判昭和41年3月10日判時443号58頁。
- 脅迫や名誉毀損のように、犯罪行為が具体的な情報媒体に依存しない場合には、サイバースペースにおいて何ら理論的な問題点は生じない。
- 本文に述べたような趣旨で、今後セキュリティの問題がいっそう重要となるだろう。なぜなら、セキュリティとは「ネットワークを信用できる領域と信用できない領域に分けて信用できない領域からの情報の流れを規制するための防火壁がネットワークには必要である」という議論だからである(桂木隆夫「情報化社会と人間」岩村正彦他編『岩波講座 現代の法 10 情報と法』7頁[岩波書店、1997年])。さらに、多賀谷一照「情報セキュリティ」同『情報と法』213頁以下も、情報規制の問題を考えるにあたって大変示唆に富む。
【参考文献】(本文に引用したもの以外)
- 情報文化研究フォーラム編『情報と文化』(NTT Ad.、1986年)
- 山中敬一「情報化社会と刑法」堀部政男・永田眞三郎編著『情報ネットワーク時代の法学入門』167頁以下(三省堂、1989年)
- 山口厚「情報処理技術の進歩と刑法」落合誠一編『論文から見る現代』(有斐閣、1995年)
- 澤井敦・小林修一・菅野博史・干川剛史・鈴木智之『現代社会理論と情報』(福村出版、1996年)
- 岩村正彦他編『岩波講座 現代の法 10 情報と法』(岩波書店、1997年)
- 岩谷宏『インターネットの大錯誤』(筑摩書房、1998年)
- トーマス・J・スミーディングホフ編著権藤龍光・重田樹男・津山齋ほか訳『オンライン・ロー』(七賢出版、1998年)
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