プライバシーとは、他人が私について知ることをコントロールする力である。力の方向は、相手の関心を遮断するという方向を向くこともあれば、相手のもつ私の情報をコントロールするという方向に働く場合もある。しかし、いずれにせよ、個人情報はデジタル化とネットワーク化によって危機的な状況に至る可能性がある。

 社会の情報化の進展は、おそろしいほどのスピードだ。個人情報についても、いたるところで大量的な収集と分析が行われている。大量の個人情報は、経営的戦略にとっての重要性を増し、公的領域でも、福祉や教育など、すべての市民がある程度の個人情報と引き換えに公的サービスを受けざるをえない。収集されたあらゆる情報は、デジタルという同質の存在形式に変換される。それによって、写真、文字、音声などの異なった情報が、すべて同じ1つのメディアに保存される。このようにして保存されたデジタルデータは、そこに検索のための情報が付着し、あらゆる角度から検索可能となる。また、デジタルデータは、コピーが容易で、コピーコストもゼロに等しい。オリジナルとコピーが原理的に判別不可能であり、永遠に劣化することもなく存在し続ける。

 プライバシー概念も、「1人にしてもらう権利」という古典的内容から「自己情報コントロール権」という積極的内容、さらには「デジタル・プライバシー」として、ネットワーク化されたデジタルデータの問題性を議論する必要がある。