デジタル・プライバシーの危機
―住民基本台帳ネットワークシステムの問題性―


園田 寿(関西大学法学部教授)





 1 はじめに


 2000年の終わり、IT基本戦略IT基本法(「高度情報通信ネットワーク社会形成基本法」)という、21世紀の日本におけるIT政策の基本となる重要な指針が相次いで国民に提示された。これによって政府は、電子政府への転換に向けて本格的な第一歩を踏み出した。

 「IT基本戦略」は、森首相(当時)の諮問機関であったIT戦略会議が2000年11月27日にまとめたものであり、今後5年以内に1000万世帯に光ファイバー網による超高速インターネット網を、3000万世帯にDSLやCATVによる高速インターネット網を整備し、さらに行政内部の資料・情報収集・行政間文書の電子化や官民の接点をオンライン化するという「電子政府構想」について言及している。

 2000年12月6日に公布されたIT基本法は、グローバルなIT革命のうねりの中で社会的・経済的・政治的構造が劇的に変化したにもかかわらず、これまでITに関する包括的な法律がなかった点をカバーするものだ。法律は、高度情報通信ネットワーク社会の形成に関する基本的な指針として、
  1. 世界最高水準の高度情報ネットワークの形成
  2. ネットワークの形成における公正な競争の促進
  3. 電子商取引の促進
  4. 電子政府・電子自治体の促進
  5. ネットワークの安全性・信頼性の確保と個人情報保護
  6. 人材育成・研究開発の促進
などを挙げている。

 このような電子社会・電子政府の構想の一つの基礎となるのが、全国民に11桁の固有の番号(住民票コード)を割り当てて、その個人情報をコンピュータで全国的に一元管理する住民基本台帳ネットワークシステム(住基ネット)だ。1999年8月の住民基本台帳法改正法の成立によって、その実現のためのレールは敷かれ、すでに全国の地方自治体は、2002年8月の住基ネットの稼動に向けて本格的な準備に乗り出している。これに連携して、国民の基本的な個人情報をICチップに入力して、身分証明機能をもった住民基本台帳カード(住基カード)の導入も検討されている。

 そもそも個人情報には、(プライバシーという意味での)私的な価値と(さまざまな政策決定の基礎になるという意味での)公的な価値の両面があるが、情報化の進展は、個人情報のもつこの公的な価値の比重を必然的に高めていく。電子社会・電子政府の構想は、社会全体が情報化に向かう中での時代の趨勢だが、すべての国民に共通に適用される番号制度を前提とした住基ネットの構想には、プライバシー保護の観点から根本的な問題がある。

 個人の尊厳・自律、人格の自由な発展の基礎には、プライバシーの尊重があるが、従来から理解されているプライバシー権は、単純化して言えば、他人が私について知ることをコントロールする力である。力の方向は、相手の関心を遮断するという方向に向くこともあれば(「一人にしてもらう権利」という古典的内容)、相手のもつ私の情報をコントロールするという方向に働く場合もある(「自己情報コントロール権」という積極的内容)。しかし、今や「デジタル・プライバシー」として、ネットワーク化されたデジタルデータとしての個人情報の問題性を議論しなければならない。



 2 デジタル・プライバシー(情報の電子化の意味)


 ケーブルテレビ、コンピュータ通信、インターネットなど、現代の多様なコミュニケーション手段は、すべてデジタル情報という共通の情報様式を追求している。そのため、それぞれは必然的に互いに融合する傾向にある。そこで、一般的に情報がデジタル化され、ネットワーク化されるということは、どのような意味をもつのかを、改めて確認しておく必要がある。

 第一に、あらゆる形態の情報が、0と1という質的に同じ形態に変換される。かつては、文字情報は紙に、音声は録音テープに、映像はフィルムに記録され、保存の方式がそれぞれ異なっていたために、それを再生する場合にも別途の処理媒体が必要であった。ところが、種類の異なった情報がデジタルという一つの存在様式に変換される結果、それらすべてがコンピュータのハードディスクという単一の記録媒体に記録可能となり、しかも単一のチャンネルで送受信されるようになった。情報技術の進展は、今後もデジタル化が可能な情報の種類を増やしていくだろうし、放送や通信として分かれていた既存のメディアも融合していく。

 第二に、このようにして単一の保存形式に変換され、単一の媒体に記録されたデジタルデータには、検索のためのデータが付加的に加わり、すばやい検索が可能となる(たとえばEメールは、本文の文字列から検索できるだけではなく、送受信者、送受信日時、経由したメールサーバー、送信者が使用したメールソフトなど、さまざまな付加的情報が付着している)。つまり、従来は異なった媒体に記録されていたために、情報の検索と結合がおそろしく困難であったものが、今や、テキストであろうと、音声であろうと、映像であろうと、いくつかのキーワードを入力することによって検索し、結合することができるようになった。

 第三に、コンピュータの処理能力が飛躍的に増大した結果、情報が電子化される場合には、意識的に同意されないさまざまな付加的情報もデータベースに蓄積されるという深刻な事実がある。たとえば、クレジットカードで決済する場合、従来はカード利用者とカード会社の間には債権債務に関するデータだけが記録されたが、今や誰が、どこで、いつ、どのようなサイズのどのような色の服を買ったか、いつどこのレストランで、どのような食事を取ったのかまでが記録されたり、どのようなタイトルのビデオを、いつからいつまで借りたのかなどといった情報まで記録されている。インターネットも同様だ。ウェブサイトの運営者は、クッキーなどを利用してウェブサイトを訪問した人がどんなウェブページをどれくらいの時間、どんな順序で見たのかだけではなく、Eメールのアドレスやその他個人的な事項でウェブブラウザに入力された利用者情報を集めることができる。このようなウェブサイトを利用してオンラインショッピングをすれば、そのような情報も必ずどこかに記録されている。このような情報は、個々人の「意識的な同意」を得ることなく、瞬間的にデータベースに取り込まれる。このように、情報化社会においては、個人の一挙手一投足の痕跡である「付加情報」が、必ずどこかに記録され続けているのである。

 第四に、個人情報に関するデータベースは、不法に運用される危険性がある。これは、既に合法的に収集された情報を元来収集された目的以外に使用することだ。一つのデータベースの一部や全部を他のデータベースの一部や全部と結合したり、共通の項目(たとえば住民番号)を利用してマッチングなどの手段でデータベースを検索することを含む。さらに、国家機関が収集した情報が、企業などがアンケート調査や市場調査などによって収集した個人に関するさまざまな情報やクレジットカードの使用内訳などのデータベースと結びついて、個人に関する情報が形を変えてさまざまな目的に利用される可能性がある。

 第五に、デジタル情報は、完璧な複写が可能だ。正確にいえば、0と1の信号で構成されたデジタルデータには、コピーとオリジナルの区別そのものが原理的に不可能なのだ。これは、デジタルデータが、その存在について時間と空間の制約を受けないことを意味する。物体の上にある情報を複写する場合には、(ビデオのダビングのように)有限を有限に移すだけのことだから、複写されればされるほどノイズが増え、必然的に情報の質が悪化し、いつかは消滅する運命にある。これに対して0と1の信号の組み合わせであるデジタルデータは、何度もコピーされることによって、良い情報であろうと悪い情報であろうと、記録されたときの最初の内容そのものが決して劣化することもなく、永遠に存在し続ける。しかも、コピーコストが極めて低いことから、(バックアップなどのために)同じデータが必ず複数作成され、保存される。デジタルに変換されたわれわれの経験は、このようにして無限に反復される可能性を持つようになる

 最後に、問題は個人のレベルを越えて、民主主義全体の問題にも及ぶ。もっとも多くの個人情報を保有する行政機関の個人情報データベースにアクセスできるのは行政機関だけであるから、行政の力が必然的に高まり、権力分立のバランスが崩れるおそれもあるからだ。

 このように、個人情報はデジタル化とネットワーク化によって危機的な状況におかれるが、デジタル化された個人情報データベースの問題性は、そのまま住基ネットが構築されてはならない理由となる。



 3 住民基本台帳法の改正


 1 地方自治体は、住民の氏名や生年月日など、基本的な個人情報を記載した住民基本台帳の作成を義務づけられている。これは、教育や福祉などさまざまな行政サービスの基本情報とするためであるが、他方では、たとえば運転免許証やパスポートの取得、銀行からの融資などの際に住民票を提出するように、住民基本台帳が、当該本人の居住地についての公務所による公的な証明の基礎としても用いられている。住民基本台帳の管理は、このようにそれぞれの地方自治体が行う行政サービスの基礎となるものであるから、自治体固有の事務とされてきた。現在、多くの自治体が行政事務の電算化を進めており、住民情報についてもすでに電算処理のための登録番号が付けられているが、それはあくまでも各自治体の事務処理における便宜的なものであり、個別の市区町村ごとの事務処理上の番号にすぎない。この番号が他の自治体の事務に利用されることはないから、同じ番号が付与された複数の国民がいても、今まで特に何の不都合も生じなかった。

 1999年8月、この従来の制度を根本的に変更する住民基本台帳法改正法案が第145回国会で成立した。この改正によって、2002年8月以降は、すべての国民の個人情報は強制的に割り当てられた(重複しない)11桁の番号(「住民票コード」)によって管理され、住民基本台帳に記載された、
  1. 氏名
  2. 性別
  3. 住所
  4. 生年月日
  5. 住民票コード
  6. (それらの変更期日などに関する)付随情報
などの6つの個人情報が、全国の都道府県、市区町村を結んだコンピュータ・ネットワーク(住基ネット)の中をデジタル信号として流れることになる。市区町村が収集し保有する個人情報も、今後はすべてこの住民票コードに基づいて管理される。また、総務省の外郭団体である(財)地方自治情報センターを通じて、10省庁93件の国の事務に各自治体が保有している個人情報が利用される。たとえば、法に記載された国や都道府県の機関は、共済年金の支給や福祉事業の実施に際して本人確認情報の提供を受け、また国の行政機関は、その所掌事務について必要があるときには、本人確認情報に関してさらに広く資料の提供を求めることができるようになる。


 2 このようなシステムが稼動すれば、どのようなことが可能になるか。

 現在、われわれはすでにさまざまな番号をもっている。自動車運転免許証番号、社会保険番号、パスポート番号、納税管理番号・・・。しかし、これらの番号は、それぞれ特定の目的をもっており、共通のシステムの中で流通するものではないから、検索によってリンクされることもない。しかし、住民票コードが付与され、さまざまな行政事務においてこの住民票コードが利用されるならば、行政機関が保有する、たとえば教育や医療、福祉、税務、犯罪などに関する個人情報に付加的に住民票コードが付加され、当該個人の住民票コードを叩くだけでその個人に関するあらゆる個人情報を引き出し、結合することが可能となる。つまり、住民票コードは、個々の国民の個人情報に関するいわば「マスターキー」の働きをもつことになる。住基ネットとは、このように住民票コードによって、すべての国民の個人情報を検索することを可能とするシステムなのだ。

 また、個人情報については常に漏洩についての不安を拭い去ることはできない。現在、個人情報を大量に保有している機関の一つが地方自治体であるが、その個々の自治体の個人情報がネットワーク化されれば、そこに途方もなく巨大な個人情報データベースが形成され、そのすべてが危険に晒される。そもそも情報の侵害には、探知と漏洩という二つの行為形態しかないが、探知は外部からのネットワークへの侵入によってなされるから、不断にネットワークのセキュリティを高めることが対抗の基本となる。これは、いわばテクノロジーの問題だ。しかし、セキュリティは100%安全ではないから、個人情報保護条例をもつ多くの自治体では、内部のネットワークを外部のネットワークと物理的に接続することじたいを禁止する、外部結合の禁止に関する条項を置いている。かりに外部結合の必要性がある場合には、第三者からなる審議会で個別に具体的な案件を審議し、外部結合の可否について慎重に処理してきたのであった。住基ネットは、従来のこのような方向とも明らかに逆行する考え方でもある。

 情報の漏洩は、主に内部犯行であり、しかも人の問題だから、基本的にテクノロジーの問題ではなく情報倫理や法的規制を含めた規範の問題となる。法は、漏洩に対して「2年以下の懲役または100万円以下の罰金」という刑罰を予定しているが、刑罰は基本的に犯罪が犯された後の事後処理のためのシステムであり、法定刑の重さを考えても、漏洩行為の事前抑制の効果を過信することは危険なことである。自治体の住民票データが流出したり、職員によって悪用されるという事件は、すでに多数報告されているが、1999年5月に起こった、京都府宇治市の全住民の住民票データ(外国人登録データおよび乳幼児健診データを含む)約22万件の流出事件は記憶に新しい。この事件は、宇治市が住民データに関する電算化作業を外部委託していた業者からそれが漏洩し、いわゆる名簿屋によってインターネット上で数百万円で販売されていたという事件であった。住基ネットによって日本全国をエリアとした巨大な個人情報データベースが形成されると、個人情報大量漏洩の危険性は現在の比ではない

 さらに、氏名・住民票コードなどが記載された住民基本台帳カード(住基カード)の発行も計画されている。これは、クレジット・カード大の大きさのプラスティックカードに8000文字以上(新聞1頁以上の文字数)の記憶容量をもつICチップを埋め込んだものだ。記憶容量が大きいので、自治体が独自の判断で条例で規定すれば、他のさまざまな個人情報を書き込むことができる。すでに、福祉カード、印鑑登録カード、公的な施設利用カードなどの機能を追加することが考えられており、非常時や選挙などにおける本人確認にも利用が拡大される可能性が高い。また、住基カードの民間利用は禁じられていないから、一般の契約締結などにおいても、住民票コードが住所確認に利用される可能性がある。ただし、民間業者による住民票コードの告知要求は禁止されているが(罰則なし)、住民の自発的・任意の住民票コードの告知は禁止されていない。企業内で住民票コードを使用したデータ・ベースの構築も禁止されていない。たとえば、レンタルビデオの会員になる際には、今は免許証のコピーを撮られることが多いが、免許証を持っていない人もいるので、将来は本人確認の目的で住基カードのコピーが撮られ、住民票コードがデータベースに入力されることになるかもしれない。改正法では住基カードは希望者のみに発行されるが、社会のあらゆるところで住民票コードが利用されるようになれば、事実上住基カードをもたざるをえず、ついには住基カードの交付申請・携行が義務づけられるかもしれない。そうなると、日本国民は、人に明かす必要のない個人情報、知られたくない過去から現在までの個人情報をぶら下げて街を歩かなければならない。いたるところに住民票コードという足跡・指紋を残して生活しなければならないだろう

 3 このような住基ネットをあえて構築するには、どのようなメリットがあるのだろうか。総務省によると、主として次のような点においてメリットがあるという。第一は、行政事務の効率化であり、住基ネットの構築によって、本人確認を必要とする10省庁93件の国の事務に共通の住民票コードを利用することによって、事務の効率化が図られるという。第二は、住民サービスの向上。これは、住民票の「広域交付」と呼ばれるものであり、国民は住基カードを利用することにより、居住地以外の自治体でも住民票を取得できるというものだ。また、住基カードによって引越しによる転出入の手続きも簡素化されるという(「特例転出入」)。この両者を合わせて毎年約500億円ほどのメリットが出ると総務省は試算している。

 住基ネット構築に関するこのような理由については、さまざまな疑問が出てくる。

 確かに、さまざまな行政サービスを公平かつ効率的に実施するためには、適切に個人情報を収集し、それに基づいて政策を立案、実施する必要がある。国や自治体が、個人情報を収集し、管理すること自体に深刻な問題があるわけではない。国や自治体が保有する情報資源を、有効かつ適正に活用するということも当然だ。しかし、住基ネットは、全国民の個人情報を共通番号で管理することによって、個人情報の私的な価値よりも公的な価値を最優先させるシステムなのだ。もっとも基本的な国民の人権に対して行政事務の効率性を最優先する制度は、本末転倒の制度であるといわざるをえない。

 政府は、1960年代から臨時行政改革調査会を設置し、行政のスリム化・効率的な行政の実現を目指して取り組んできたが、住基ネットを基礎とした電子政府が実現されると、「小さな政府」どころか、政府にきわめて強大な力が生まれ、情報によって国民を支配する「情報支配社会」が到来することになる

 また、住民サービスの点についても疑問は多い。住民票の広域交付が可能となるというが、頻繁に住民票が必要となるのではないし、将来的には郵便局でも住民票の取得が可能となるのに、そのようなシステムをあえて構築しなければならない必要性は極めて希薄である。また、広域交付された住民票には、当然のことながら本籍地の記載はなされていない。そのため、パスポートや運転免許証などの取得申請には、広域交付された住民票は利用できない。

 住基ネットを構築するにあたっては、総務省の試算によると、320億円の費用が必要となる。また、費用はこれにとどまらず、ネットワーク・システムには、そのメンテナンスやセキュリティ、ソフトウエアのバージョンアップなどが必ず必要となり、それに要する費用が毎年180億円必要となるという。住基ネットには、はたしてこれだけの費用に見合っただけのメリットがあるのか疑問に思われてくる。

 このように巨額の費用を投じるわりには、その必要性とメリットが不明確であり、また、国や都道府県と国民の従来からの関係を根本的に変え、国民のプライバシーを危機的な状況におく住民基本台帳法改正法には、根本的な疑問を感じざるをえない。この改正法案は、同じ第145回国会で審議された、通信傍受法案、国旗国歌法案、日米防衛協力ガイドライン関連法案、省庁改革・地方分権法案などの重要法案の陰に隠れて、国民的な議論がほとんどないままに成立してしまったのだった。


 4 むすび

 そもそも国家の基本的権能は、情報の収集と管理・伝達にあり、国家権力の源泉も、それが管理する情報にある。国家は、政策遂行に必要な情報が得られないならば、その任務遂行の基礎を失うことになるから、国家構成員に関する情報の収集・管理も当然必要とする。これは、国家形態を問わずあらゆる国家に妥当する例外のない原則だ。国家とは、その意味では、国家的機構と国家秩序を維持するためのソフトウエアである無数の規範システムと、国民の帰属意識とを核として成り立つ一種の情報処理システムであり、巨大なデータベースである。したがって、国家の基本的な性格も、記録媒体を含めて国家が基礎とする情報の管理および処理方式によっても決定される。現在計画されている住基ネットは、全国民に共通番号を付与し、その数字によって全国民の個人情報を国家的なレベルで管理するシステムだから、確実に将来の日本における民主主義や国家の機能、権力構造に根本的な変化をもたらすに違いない。電子社会・電子政府の構築が社会の情報化の流れであるとしても、そのような制度は世界的に見ても異常な制度だ。しかし、公害問題などで実証されているように、実は国民のプライバシーを保護するもっとも強大な力をもっている組織も他ならぬ国家それじたいなのである。



【主要参考文献】