[翻訳](関西大学法学論集第514101頁掲載)

 

(キム) 基中(キジュン)

情報支配社会における

電子住民カードの意味とその危険性(抄訳)

 

김기중

 정보지배사회에서 전자주민카드의 의미와 그 위험성

 

 

園田 寿(訳)

 

 

 一 電子住民カードの概要

 

 イ.電子住民カードは、証明の統合と情報の統合によって作り上げられる。まず、住民登録証、運転免許証、医療保険証、国民年金カードなど4つの証明が 一つに統合される。住民登録管理対象者は3400万名、運転免許は1600万名、医療保険は3200万名、国民年金は1400万名だ。あわせて各証明に含まれている情報とともに、住民登録謄抄本事項と印鑑に関する情報、指紋に関する情報など、7分野42の情報が電子住民カードに収録される。カード発給のために、地方自治体別に分散されて保存されていた住民登録情報が中央の電子住民カード発給センターに集中し(しかし、既に15の市、洞庁に16台の交換機が設置されており、住民登録情報の相互利用が可能である)、この発給センターの中央コンピュータに、医療保険ネットワーク、国民年金ネットワーク、警察庁の運転免許ネットワークが連結して、情報の統合がなされる。

 

 ロ.すなわち、政府が提案している電子住民カードシステムは、全国各地に分散されているデータベースと各データベースシステムに連結した数万台の端末機、そしてあらゆる国民が所有して独自のコンピュータの役割をする3400万枚の 電子住民カードと、これら全てを連結した通信ネットワークで構成されている巨大なシステムなのだ。カン・キョングン教授は証明が統合されるのではないと主張するが、電子住民カードであらゆる証明が完全に一つの証明に「融合」するのではないにしても、一枚の カードにあらゆる証明が「収斂」されるという点から、別個の目的へ使われる各証明が一つに統合されているといえる。政府も電子住民カードを統合証明といっている。また、たとえそれぞれのコンピュータ・ネットワークにファイヤーウォールを設置して一定の権限を持った者だけがその権限に割り当てられている程度の情報だけを見ることができるとしても、地方自治体に散らばっていた住民登録情報が1箇所に集中し、医療保険基本事項、運転免許基本事項なども住民登録情報と統合され、この集中した情報の中の基本的な人的情報を相互に交換使用するという点で、情報の統合という点も否認することができない。このような点で、電子住民カードシステムを論ずるとき、「カード」自体に焦点を合せることは、電子住民カードシステムを正しく見ることではない。電子住民カードシステムは、単純にいろいろな身分証を一つのICカードに収録する程度に終わるものではなく、あらゆる 個人情報が電子化されるということ、電子化された個人情報が標準化されるということ、標準化された個人情報の一部はさまざまな部分で共有されて流通されるということ、電子化された個人情報を相互利用できる通路(コンピュータ・ネットワークの相互連結)が作られるということに、重要な意味がある。

 

 ハ.電子住民カードの表面には12項目が、ICチップには42項目がすべて収録される。その内訳は次のようになっている。ただし、42項目で一旦除外される項目は、住民登録項目の中のその他(血液型等)、人的事項、家族事項などと、国民年金項目の中の総納入額、加入者との関係、加入者年金番号などである。

 

 

 

可視的記録事項

IC収録事項

備  考

 

12項目

42項目

 

住民登録

     姓名

     住民登録番号

     住所

     写真

     発給日

     発給機関長

     姓名

     写真

     印鑑

     住所

     住民登録番号

     個人事項

     人的事項

     個人住所履歴

     兵役事項       

     世帯事項

     家族事項

     世帯住所履歴

     検証項目

     その他(血液型等)

     個人事項と個人住所履歴には住所変更毎の世帯主の名前と住民番号、変更理由、戸主の名前を含む

     世帯事項には、戸主、戸主との関係、世帯構成の事由を含む

     人的事項に含まれる項目は未定

     兵役事項には、役種、軍別、転役日、兵課、主たる特技等を含む

     家族事項は、世帯主、妻、子などの人的事項と各住所変更の内訳

運転免許

     免許種類

     免許番号

     免許番号

・適性検査期間

     免許種類

     免許番号

     発行機関

     免許条件

     適性検査期間

     交付日

     罰点

     停止/取消の有無

 

医療保険

 

     保険者記号及び名称

     保険者区分

     管理番号

     被保険者事項

     被扶養者事項

     資格取得日及び喪失日

     診療地域

     有効期間

     被扶養者の人的事項を含む

 

国民年金

 

     最初の取得日

     最初の加入種別

     総納入額

     総加入月数

     加入者との関係

     加入者年金番号

     給付種別

     受給事由日

     受給証書番号

     最終の収録日

 

指紋

指紋

指紋特徴点

 

その他

医療保険留意事項

各証明書の発給機関長

 

 

 

 二 予想される否定的な効果に関する根本的な問題提起

 

 電子住民カードシステムが完備すれば、行政府の統制システムが強化されるにちがいないという点は誰も否定できない。とくに住民登録証と運転免許証を同時に確認して検索できる警察の場合には、その力がどこまで拡張されるのかを推測するのが難しいという点も明白だ。いわば電子住民カードシステムは、国民すべてにコンピュータを一つずつ持たせて、この個人別コンピュータと国家的電算網を相互に連結するということと同じであるから、国全体が一つの巨大なコンピュータ・システムに統合されるという効果を持つようになる。あらゆる国民とあらゆる経済主導者は、電子住民カードの強力な身分確認機能とコンピュータの自動処理機能のために、電子住民カードを使用しないことは考えないようになる。すなわち、社会活動全般にわたり電子住民カードに対する依存度が今の住民登録証と比較できないほどに大きくなる。その場合、大部分の個人活動は、どんな形態にしろ、電子的な記録を残すようになるにちがいない。現在、韓国銀行とカード会社を中心に推進されている金融ICカード(金融スマートカード)の場合も、いわゆる「閉鎖型」で構成する予定というから、あらゆる使用記録を残すようになっており、この点は電子住民カードも同じである。これから人々は自分自身の行為が記録されるということを意識せざるをえず、実際に記録されなかったり現実的な被害がなくとも、国民は常に電子住民カードシステムを前提に行動するようになり、自由な行動が大きく制約されざるをえない。

 他方、立法府や司法府は、行政府の電算システムを利用できないが、行政府にとってはあらゆる国家電算網が常時利用可能となり、公安電算網の秘密ファイルは電子住民カード電算網の整備され標準化された情報と結合して行くはずだ。このような結合は、人々の目に見えない方法でなされるにちがいなく、たとえ目に見えてもこれを防ぐ方法はないだろう。大統領は、これらすべての電算網を実質的に統制する。あるいは、実質的に運営し、実質的に掌握する窮極的な力になるはずだ。これからの社会体制(もちろん現在もほとんどそのようになっているが)では「情報」の価値が重要になり、「情報」による支配社会になるにちがいないという点に同意するならば、結局、電子住民カードシステムによる行政府の統制システムの強化は、力の均衡を破壊して、民主主義の基本原理である権力の分立を無力化させるにちがいないのである。

 

 三 電算化された個人情報の意味とわが国の保護法についての議論の現状

 

 イ.電子住民カードシステムが最終的に権力分立を無力化させるにちがいないとの結論に達する理由は、コンピュータとコミュニケーション技術による個人情報の統制能力が持つ強大な力のためだ。電算処理情報は、書類に記録された個人情報とは違いオンラインシステムによって空間を超越して授受・伝達・活用されるために、既存の組織単位でなされた情報管理が、組織間の連結と共同利用という統合情報管理体系で機能するという特徴がある。また、多くの人々が同時に使用することが可能であり、長期間保管できるため、紛失や損失の可能性が高く、大量の情報を一箇所に保管して相互対照でき、情報の一部だけを抽出したり一括変換などが可能なうえに、個人の多様な生活像を同時に記録・保管できるという特性を持っている。したがって、自由な個人活動を侵害する可能性は、従来とは比較できないほど高まっているのだ。だが、電算化された情報は、電算化されたということ自体でただちに秘密の性質を持つようになり、電算情報に関する知識と関連装備を要求するために、透明にされた個人が組織や国家について判断するということがしだいに難しくなるのである。

 このような状況から、世界各国は、国家が無分別に個人情報を収集して電算処理するのを規制する立法を行っているのだ。

 

 ロ.他の国でデータ法、プライバシー法などの名称で制度化された個人情報保護制度の核心は、個人情報の電算処理じたいを規制して、電算化された個人情報の保護を強化し、電算化された個人情報の相互利用と目的外利用を厳格に禁じることである。個人情報を含む電算情報システムを設置しようとするときは、別途の委員会などから許可を受けたり(スウェーデン、カナダ、フランス)、事前に申告するようにしており(スウェーデン、アメリカ、フランス)、あらゆる個人情報は本人の同意を得て本人から直接に収集するべきであるなど、収集方法に制限を加えている。とくに個人情報を本人から直接収集するべきであるという原則、したがって個人情報を直接収集せずに行政部署相互間に交換して使用するのを厳格に禁じる原則はどの国も一般的に受け入れている。なぜなら、各種の異なった目的で収集された個人に関する情報が、さまざまな収集主体間に交換されて集中する場合には、情報が収集目的以外の目的で利用される可能性が高まり、当初、収集する時に留意された関連事情が無視されたり、誤認されたり、部分的な情報によって特定個人に対する虚像が形成されて予断が持たれるようになるからだ。

 とくに、世界経済協力開発機構(OECD)が1980年9月に提案したいわゆる「ガイドライン」は、一般的なプライバシー保護立法の原則として受入れられている。その原則は、個人データの収集は制限されなくてはならず、その資料は合法的で正当な手段によって、またデータ主体の承認や同意によって収集されるべきであるという「収集制限の原則」、個人データの収集目的は収集する時に具体化されていなければならず、その後の利用は具体化された目的の実現または収集目的と矛盾してはならないという「目的具体化の原則」、個人データは法律の規定による場合とデータ主体が同意する場合の他には目的外に公開したり利用してはならないという原則など、8個の原則で構成されている。

 

 ハ.とくに、電算化された個人情報の問題は、国家身分証制度と関連したとき、より一層大きい意味を持つ。なぜなら、電算化された個人情報が国家身分確認制度と結合するようになれば、その力が倍増するので、多くの国の政府は国家身分制度のもとで個人情報を電算化しようとするからだ。国家身分証制度がない国の政府は、身分証を導入しようとしたし、国家身分証がある国の場合には機械的に読み込むことができる制度に変更しようと試みてきた。しかし、いわゆる先進国と呼ばれる国では、政府が効率性を理由に導入しようとする国家身分証制度に国民が反対することによって、大部分失敗に終わった。とくに、80年代の終わり、オーストラリアとニュージーランド政府が導入しようとした国家身分証制度を国民の抵抗で防いだ事例は有名だ。彼らは、政府が国民にIDカードの保有を要求し、次にはその携帯、またその提示などを要求するようになり、市民生活に国家が介入するのを防止できなくなる、人は数字としてではなく人間として扱われなければならない、とくにIDカードが中央コンピュータと接続されれば、政府は広範なデータベースによって権威主義国家となると主張したという。また、西ドイツ政府も1983年に機械的に読むことができる身分証を導入しようとしたが、憲法裁判所の施行中止決定で導入されなかったし、最近、自由民主主義憲法秩序を選択したハンガリーでも、1991年4月、人口調査に関する法律で導入しようとする個人番号制度が違憲だと判示された事例もある。

 

 ニ.1980年代から始まったわが国の個人情報の電算処理も急進展して、平均成人男子の場合、自己に関する各種情報が最小限20〜30個の公共及び民間データベースに入力されているものと推定される。しかも、1980年代初めから政府主導で推進されている国家基幹電算網事業は、あらゆる国家の部分を電算化して、これを相互に連結するということであるから、それは世界でもまれな初めての事業である。ところが、前述したように、西欧では1960年代以来、このような国家的な個人情報の統合管理は、個人の自由とプライバシーの保護という面で常に社会の主要な議論の対象になっており、慎重な議論を経て注意深く推進されたのであった。しかし、私たちの場合、電算化による肯定的な効率性だけを強調して、これによる逆機能を防止するための保護措置の導入にはほとんど関心がなかったのであった。

 

 ホ.1991年初頭から住民登録電算網が本格的に稼働するなど、国家的部分の電算網事業は順次拡大されており、国家が保有した大部分の個人情報を電算処理方式に変えて、これを電算網に連結した状態になっても、政府は個人情報保護法の制定を遅らせ、1994年1月にようやく「公共機関の個人情報保護に関する法律」を制定したのであった。他にいくつかの個別法に個人情報の漏洩行為を処罰する規定がある他に、電算化された個人情報を体系的に規律する法律は存在しない。

 

 へ.しかし、個人情報保護法は、公共機関が保有している個人情報に対して個人が閲覧と訂正を要求できる権利があると宣言する他に、実質的に個人情報を保護することができる措置を全く設定することができないままだ。私たちの個人情報保護法は、あらゆる公共機関がその所管業務の遂行のために必要あるならばいつでも個人情報を電算化できるように制度化しており(第5条)、保有していることを公開しなくてもよい個人情報ファイル目録の範囲があまりにも広範囲であり、「秘密ファイル」の存在を積極的に認めており(第6条)、保有機関の長が保有目的以外の目的で処理された情報を利用したり、他の機関に提供してはならないという義務規定を置きながらも、違反行為に対する処罰規定や是正措置の方法に関しては何らの規定をおいていないのである。しかも、保有目的以外に個人情報を提供したり、使用することができる範囲を広く設定しており、各行政部の長が個人情報ファイルを自由に使用することができるようにしている。すなわち、行政部署の所管業務を遂行するために、当該処理情報を利用する相当な理由がある場合にはいつでも個人情報保有機関の長が保有目的以外に使用するように個人情報を提供できるのである(第10条第2項第2号)。このように私たちの個人情報保護法は、全く「公共機関が保有している個人情報に対する保護装置」になることができずにいるのだ。

 したがって、この法律を根拠に、電子住民カードシステムに対する牽制が可能だという考えは虚しい幻想にすぎない。

 今後各行政部署の電算網が電子住民カードシステムに連結していき、基礎情報を相互使用していくはずなのに、これを制限する何らの方法がないのである。

 

 四 国家基幹電算網事業の危険性

 

 イ.電子住民カード事業は、国家基幹電算網事業の頂点に置かれている。内務部は、電子住民カード事業を他の国家電算網事業課から分離される独自の事業という印象を与えようと努力しているが、電子住民カード事業は初めから国家基幹電算網事業の一環として計画されたことであって、今後超高速情報通信網と連結して自動車電算網と連結するなど、あらゆる国家基幹電算網と連結するはずだ。したがって、国家基幹電算網事業の問題点はただちに電子住民カードシステムの問題点となり、電子住民カードシステムによってその問題は増幅されるにちがいない。

 

 ロ.まず、国家基幹電算網は、政府主導で推進されながら電算化の支配的な価値体系は情報化社会に対する楽観論を根拠にした効率中心主義だったということが、もっとも大きな問題点として指摘されなければならない。これに伴い、個人情報の私的価値より公的価値を重視することによって、個人情報の保護は、二次的な目標にすぎなかったために、個人情報の侵害条件が大きく拡大されたのであった。電算網事業の基本的な目標である効率的な政府という理念は、予算の後押しなしで推進される事業によって、コンピュータ使用による費用節減という観点で、組織中心の管理体系を構成せざるをえなかったのであった。このような組織中心の管理体系は、情報技術の発達と結合して外形的、地理的な分散化や地域情報化システムを構築しても、結局政府の業務を機能的に統合させて統制の集中化を引き起こさざるをえなくなる恐れがある。すなわち、統合情報官僚体系では、個人に対する全てのものを統合して管理できる能力を国家に与えるようになる可能性が多いにもかかわらず、小さな政府を構成しようとする情報化事業は、むしろ強大な権力をもつ政府を作る危険度が大きいという点を全く考慮していないために、非常に危険な状態なのである。それで、内務部も、1985年、行政電算網事業に対して「地方化していく流れに対する考慮がない」と批判する報告書を作成したのであった。

 

 ハ.二つ目の国家機関電算網事業の核心的基調は、電子住民カード事業による電算網連結計画の他にもあらゆる行政電算網を相互連結するということだ。既に住民簿は警察電算網に連結している。住民登録情報は原則的に国民の居住関係把握のための目的でに利用できるだけで、犯罪捜査の目的で利用されてはならないことが原則であるのに、この原則が何らの法律的根拠なしに崩れている。指紋に関する情報も、元来住民登録法によって収集にされる情報であるが(もちろん指紋情報は本来住民登録法によって収集できる情報ではない)、警察庁鑑識課で管理されている。電子住民カードにもこの指紋を収録するということであるが、このようにあらゆる国民から指紋を強制採取することがはたして合憲なのか、このように強制採取した指紋を警察庁が管理するようにすることが適法なのかを、新たに検討しなおさなければならない。旅券発給電算網も公開的な確認手続きなく住民登録電算網に連結している。国民福祉簿計画も、医療保険網、国民年金網等、福祉関連電算網をすべて連結する計画である。1996年9月3日、第2次情報化推進委員会では、自動車登録、検査、税金、保険、盗難及び不明車両追跡業務などを一括処理するために、建設交通部、保険会社、車両検査所、関税庁、住民登録電算網、警察庁、国税庁を相互連結する電算網である自動車総合民間情報網を構築して、医療保険、雇用保険、国民年金、国税、地方税、自動車等住民登録情報を必要とする6業務を対象に関連情報網を連結する内容の情報化促進施行計画を確定した。このような個人情報システムの連結は、個人情報の直接収集原則と目的外利用禁止の原則から明らかに逸脱するものであるから、各国は法律でコンピュータの連結に一定の制限を加えているが、私たちの場合は、これに対し何らの言及もしていない。電算システムの相互連結を合理的に制限する問題は、現在直面している最も緊急の問題だ。これに対する制度的な規制なしに施行される電子住民カード事業は、個人情報保護のあらゆる原則を廃棄するということと何らの差がないのである。

 

五 住民登録証制度の弊害

 

 イ.世界に類例がない私たちの住民登録証制度の問題は、ただちに電子住民カード制度が導入されるべきではない理由となる。もちろん、世界のさまざまな国でも国家身分証を使用している。だが、私たちのように生年月日と出生地、戸主、姓名、指紋、兵役事項まで収録された身分証の発給を強制して、その所持義務を課し、すべての国家行政と経済分野で使用するようにしている国はない。このような住民登録証制度に内包する根本的な問題を解決しないまま、電子住民カード制度を実施する場合、今後、韓国は国際的な人権後進国と烙印を押されるようになるにちがいない。

 

 ロ.現行住民登録の歴史は、日帝時代に遡る。朝鮮総督府は、いわゆる「大東亜戦争」の真最中だった1942年9月26日、朝鮮寄留令(制令第32号)と寄留手続規則(朝鮮総督府令第235号)(90日以上居住する目的で本籍地以外の一定の場所に住所または居所を定めた者は登録するべきである)を公布して、あらゆる住民を行政機関に登録するようにした。以後、朴正煕軍事政府は、1962年1月15日、寄留法(法律第967号)を制定、公布(1街区別1用紙の寄留部を開設して、本籍地以外の一定の場所に30日以上住所または居所を定めた者に申告義務を課して、申告を怠った者には過怠金を賦課する)し、そしてこれを廃止して(住民登録法の制定、施行で、この法律が廃止された)、1962年5月10日、住民登録法(法律第1067号)を制定、公布して、あらゆる国民に住民登録義務を義務づける現行制度の基盤を作った。この新たに制定された住民登録法は、「住民の居住関係を把握して常に人口の動態を明確にするために」(第1条)、寄留法と違って「本籍地を離れたのか否か」に関係なく、あらゆる大韓民国国民に名前、性別、生年月日、住所、本籍を市・邑・面に登録するようにして、世帯の全部または一部が移動する時にも退出と転入届をするよう義務化している(第2条、第6条、第10条)。このような申告を怠った者には、3万ウォン以下の過怠金を課するようにした(第20条)。以後、住民登録制度は南北対峙状況を理由に、順次拡大され、現在は個人別、世帯別住民登録台帳の記載事項は、法令に規定された申告事項をはるかに超えて、住所移動事項、家族項目などを含んだ140項目に達している。

 

 ハ.上のような住民登録制度は、すべての国民を效果的に「管理」する必要があった社会変動期(住民登録制度は朴正煕軍事政府の「最高立法会議」で、住民登録証の所持義務は「国家防衛立法会議」で導入された)に施行されたことで、社会的な議論の過程が省略され、問題点の共有と是正なしに、ひたすら行政の便宜だけを追求しながら発展してきたという点に問題がある。住民の住居関係を把握するために一定の申告義務を課することが行政目的上必要であり、また妥当性があるとしても、あらゆる国民に住所と住所移動事項、そして家族関係などを包括的に強制登録する制度は、明確に人間の尊厳と価値、幸福追及権を侵害する恐れがある制度であり、民主主義の基本的価値である国民の自由な行動権を制約する制度であることが明らかなだけに、このような問題点を指摘して、可能な弊害を防止する制度的装置を用意する努力がなければならなかった。このような過程なしに住民登録制度が導入にされ、拡張されたという点が、本来の行政目的を抜け出し住民登録情報が自由に流通、使用される事態にまで至った大きな要因である。すなわち、住民登録制度は、住民登録法に明示されているまま住民の住居関係を把握して人口動態を明確にする目的だけでその妥当性が認められてこそ適当なのに、兵役関連事項が住民登録業務に統合され、医療保険事項、自動車関連事項等大部分の国家行政が住民登録制度と結合、実施されることになって、どこから問題を解くべきかもわからないような状況になってしまったのである。

 

 ニ.住民登録制度のもう一つの軸は、住民登録証制度と全国民単一識別コードの住民登録番号制度だ。住民登録証制度は、制定住民登録法では導入されなかったが、1968年5月29日、住民登録法第一次改正時に導入された(法律第2016号)。この改正法では、「18歳以上の住民に対して住民登録証を発給できる」として発給を強制しなかったが、1970年1月1日、住民登録法第2次改正(法律第2150号)によって、「治安上必要とされる特別な場合に、住民登録証を提示するようにすることによって、スパイや不純分子を容易に識別、索出して反共体制を強化するために」(改正理由)、18歳以上のあらゆる住民登録者に対して住民登録証を発給、登録して、司法警察官にスパイの索出・犯人の逮捕等その職務を遂行するにあって、住民の身元や居住関係を確認する必要がある時、住民登録証の提示を要求できるようにしたし、1975年7月25日の3次改正(法律第277号)時には、「安保体制を強化するために、住民登録を居住事実と一致させて民間防衛隊、予備軍その他国家の人材資源を效果的に管理して、総力戦態勢の基盤を確立するために」(改正理由)、住民登録証発給対象者の年齢を17歳に下げて、あらゆる国民と17歳以上の者に住民登録証発給申請義務を課したし、1977年12月31日の4次改正(法律第3041号)時には、住民登録証の発給を正当な理由なく怠った者に対して、10万ウォン以下の罰金または拘留に処するという刑罰規定を新設し、1980年12月31日の5次改正(法律第3330号)時には、17歳以上のあらゆる国民に住民登録証所持義務を課すことによって、住民登録証を通した国民管理体制が完成するようになった。このように住民登録証制度が、当初から福祉行政等の対国民行政で受給者の身分確認をより容易にするための制度ではなく、スパイや不純分子を容易に識別、索出して反共体制を強化するための制度だったので、身分確認のための最小限の情報(名前、写真、住所)だけを収録するのではなく、犯罪者を容易に索出するためのいろいろな情報(指紋、兵役事項、本籍、戸主、固有一連番号等)をも住民登録証に収録するようになったのである。

 

 ホ.このように住民登録証に収録された情報は、個人の自由な活動領域を侵犯できるいろいろな情報を含んでおり、住民登録証制度を改善することなく、電子住民カードを実施するようになれば、より大きな問題が発生する。すなわち、「指紋」は実際上は本質的に犯罪者を索出するためであることが明らかだ。そこで、指紋情報を警察庁が管理しているのだ。したがって、あらゆる国民に指紋を要求しているという事実は、あらゆる国民を犯罪者と見るということと差がない。日本で実施している外国人指紋捺印制度は、世界的な批判の対象となっており、その理由は外国人指紋捺印制度が外国人をすべて潜在的な犯罪者と取扱っているというものである。韓国でも、在日同胞と関係のある一部団体で、日本の外国人指紋捺印制度を強力に批判しているのに、17歳以上のあらゆる国民から10指の指紋を採取し、住民登録証に指紋を収録している私たちには事実上日本を批判する資格がない。また、本籍と戸主、姓名、兵役事項そして個人の生年月日は、身分確認とまったく関連がない。「私生活の秘密と自由」(憲法第17条)は、特別な場合他には自身が誰なのか明らかにしない権利、身分確認が必要な場合であっても必要な最小限の情報以外の情報を公開しない権利を当然の前提としているのに、この憲法上の権利は住民登録証自体によって侵害されていることは明らかだ。とくに私たちの社会のように、年功序列を重視して兵役義務の履行をどんな人に対しても評価基準とみなしたり、さらに出身地域にともなう恩恵と不利益が厳然と存在する社会では、そのような情報を強制的に公開するようにする制度はプライバシーの存在を否定する制度であるという認識を明確に持たなければならな。このような認識なしには、決してその侵害の様相がはるかに大きい電子住民カードの導入を阻止できないのである。電子住民カードの表面には住民登録証記載事項の他に、医療保険事項と運転免許事項が記載されるので、具体的な記載事項に関係なく電子住民カードを見ることだけでその人の医療保険加入状況と運転免許保有状況が分かるようになる。たとえそれだけで存在する時には無意味な情報であっても、統合されて集められれば別個の価値を創出するようになるという事実を認めるならば、強制的に発給を受けなければならない電子住民カードに住民登録事項と運転免許、そして医療保険事項が収録されるという事実がどんな人に対しても致命的なものとなるという点は認めざるをえないであろう。

 

 しかも、個人の固有識別コードである住民登録番号は、住民登録証の提示とはまた別個に個人を特定するあらゆる書類に要求されるにもかかわらず、住民登録番号だけでその人の生年月日と本籍地、性別がわかるようになっているという点についての何らの問題意識なく通用しているというところにも、住民登録制度の最も核心的な問題を認めることができる。1992年1月25日、京畿道平澤(ピョンテク)に居住する朴某氏は23歳で二人の子供をもった父であるが、年齢が若いのにすでに子供を二人ももっていることを冷やかされるのを嫌がって、住民登録証に記載されている住民登録番号の2番目をナイフで削って書き直したが、それが公文書偽造罪で起訴されたというケースがある(朝鮮日報1992年1月26日19面)。住民登録証制度がプライバシーを侵害する問題以前に、すでに住民登録番号自体が深刻な問題を内包しているのだ。一方、住民登録番号はあらゆる国民に附与されており、重複せずにただ一つだけ存在していて、生年月日を含む数字でから成っているという特徴があるため、行政電算化事業化の各行政電算網を連結するという計画を可能にする制度的前提であり、他の国の電算網事業化から本質的に区別される私たちだけに固有の特徴なのだ。あらゆる国民に固有番号を附与している国は、ベルギー、フィンランド、スウェーデン等北欧ヨーロッパの一部国家を除いては、世界の主要な国ではほとんど例がない。だが、いわゆるノルディック・システムと呼ばれるこの国の国民個人別固有番号制度と身分証明制度は、主に社会保障と関連して個人に多様な利益を提供することを目的とするために、個人がむしろ個人情報の正確性の維持に関心が強く、個人情報を保護するための法律と制度的装置が整備されており、官僚制に対する市民の信頼と政府が市民から過度な情報を要求していないという現実を前提としていることに注目すべきである。

 

 住民登録番号は、公共部門だけだけでなく、民間部門での電算化事業でも個人情報を結合する連結機として機能している。したがって、国家行政電算網事業を前提とする電子住民カードが実施される高度情報化社会にあっては、住民登録番号はその人の全てのものを拾い上げるキーワードとして機能するはずだ。このような標準統一識別番号制度に対する問題意識と改善がなければ、無分別に住民登録情報を統合して電算網を相互連結する国家情報化事業は、その自体で危険であることが明らかである。ハンガリーの憲法裁判所も、国民固有番号制度が憲法に違反すると判断したのであった。

 

 ト.最近、日本は住民基本台帳に記録されたあらゆる住民を対象にした「住民記録システムネットワーク」制度の導入を推進して、全国民固有番号制(全国共通の重複しない住民基本台帳番号)を導入しようとしているが、番号だけ叩けば個人に関する記録が統合されて、公開されてしまうという、国民の強力な批判(国民総背番号制反対運動)に直面している。日本の住民記録システムネットワーク構築案は「個人識別の必須4項目(名前、住所、性別、生年月日)」だけを電算化するものの、国家単位ではない地方自治体共同の分権的システムとして、個人コードにはいかなる個人情報も判別出来ない単純な10桁の数字にするので、他の行政機関が作成したデータベースと結合出来ないようにする提案であるから、私たちの制度とは大きな差がある。

 

六 電子住民カードシステムが導入されてはならない理由

 

 イ.まず、民主主義の基本原理に背反する。これは、既に見たところと同じだ。しかも、人間の尊厳と幸福追求の保障にならない情報化は虚構であるしかない。情報化されるほど、市民は情報の完全な統制者でなければならない。行政情報に関しても、データ保護に関する法律はそれが一定の機関に集中すれば乱用の可能性があるので、情報の分散を要求しており、そのような意味で「情報権力分立論」を議論しているのである。

 

 ロ.国家電算網事業の問題点が相変らず是正されないでいる。電算化された個人情報を目的外に使用する権力機関に対する統制システムが全く存在しないし、保安対策も不十分だ。あらゆる国家電算網が相互連結している状況で、住民網でも電子住民カード発給センターに対する保安対策を樹立するとしているが、それで問題が解決することはない。国家主導による電算化事業によって、電算情報の意味と危険性、プライバシーの意味等に関して国民の認識水準が想像以上に低い。とくにICカードまたはスマートカードに関して、外国のように出入カード等のセキュリティ面でも暗号と関連した初歩的な使用経験さえない私たちの場合は、問題はより一層大きくなるに違いない。

 

 ハ.住民登録と住民登録証の問題、すなわち指紋捺印、住民登録番号に重要な個人情報が収録されている問題、身分確認には必要ないいろいろな情報が共に収録されている問題などを考慮しないで、現行制度をそのまま維持しながらこれを電子化することは考えられないことである。

 

 ニ.プライバシー保護原則に違反することになる。電子住民カードに収録されるあらゆる情報は、国民が申告したことであるとの政府の主張は問題を隠蔽する。とくに住民登録情報の場合は、申告を強制していて、住民登録証発給拒否と虚偽申告に関して刑罰と過怠金を課している。また、個人情報を電算化して、電算化した個人情報の目的外利用はもう一つの問題を引き起こすので、単純に情報収集に関する根拠法律だけでは足りない。ドイツ憲法裁判所も、人口調査法に対する一部違憲決定において、情報の収集とそれを自動化することは別個であり、個人情報の自動処理を禁止したり規制すべきであるという趣旨のことを述べている。一方、電算化されたあらゆる個人情報は、その存在自体が秘密になってはいけないというということは確固たる原則である。ところが、私たちの公安電算網にはどのような情報が収録されているのかさえ知る術がない。このように、いかなる情報が記録されているかさえわからない公安電算網などの存在は、標準化されて整備されている電子住民カードシステムに対する恐れをより一層大きくする。

 

 ホ.保安と情報流出の問題は、技術的な保安対策だけで解決される問題ではない。保安問題は人の問題である。ところが、私たちの行政体系はそれほど安定的にできていなくて、腐敗に対する抵抗力が弱く、指導できない。ある者は、私たちの社会を総体的腐敗社会と言ったり、「仕方がないじゃないか。人生とは、結局はこのようなものだ」と諦観するほどだ。物理的な保安装置も、結局のところ現在の技術水準にともなう安全装置にすぎない。しかも、電子住民カードシステムは巨大なシステムであるから、すべての所に軍事施設に準ずる保安施設を揃えることはできない。これには途方もない予算の支援が必要とするためだ。さる1月23日、どこかの町役場に外部から人が侵入して住民電算網のコンピュータを盗んだという事件が発生した。しかし、全国5000余の機関に設置された端末機すべてに、軍事施設に準ずる保安装置など設置できないことなのである。

 

七 電子住民カードを実施しても別途立法が必要となる理由

 

 イ.電子住民カードシステムは、あらゆる国民に新しい義務を課して、基本権を制限する制度だだ。上で述べたように、電子住民カードシステムは、あらゆる国民にあらゆる証明書を一つに統合して、提示する義務を課しており、国民に自分が誰なのかを直接証明するように要求する制度であり、自分の証明を電子住民カードでだけできるように制度化することである。もう少し次元を高めて話せば、国民のプライバシー権を侵害する可能性を高める制度であり、国民を電子的に管理することによって行政府の権限を強化する制度なのだ。政府の計画案によれば、電子住民カードの重要性ゆえにあらゆる国民に電子住民カードの管理義務を賦課する予定である。このように新しい義務を設定して権利を制限する制度を、単純に個別法の「書式改正」だけで解決しようとする政府の態度自体が、電子住民カードシステムが導入されてはならない理由になる。

 

 ロ.また、電子住民カードは既存の住民登録証とは次元を別にする全く新しい「統合国家身分証」制度である。したがって、政府が住民登録証更新事業費項目の予算で電子住民カード事業を繰り広げていることは、予算の転用と見るべきだ。新しい制度を施行するためには、それにふさわしい立法的措置と予算措置を用意した後に施行することが、合憲的な方法なのだ。

 

 ハ.一方、電子住民カードは、これを運転免許証ということもできず、医療保険証ということもできず、かと言って単純に住民登録証ということも出来ないは点にも違いを見なければならない。しかも、それぞれの証明書はその発給目的と使用目的からしても、共通点が全くない。国家的身分確認制度の住民登録証は、基本的に国民を統制、管理するための基盤制度であり、運転免許証は運転行為の危険性ゆえに国家が資格があることを認証する一種の資格証明ではあるが、場合によっては行政の分野でも刑事処罰と関連することがあるから、厳格に管理されなければならない資格証明であり、医療保険証と国民年金証書は福祉行政の一環で福祉サービスを受けることができる対象であることを確認する証明書にしかならないのである。したがって、これらを一つのカードに統合することは、法体系上も決して望ましくない。そうでないならば、身分確認だけ必要とした場面で、運転免許証と医療保険証、国民年金証の提示を強制する結果になったり、医療保険証を提示することだけで充分な医療サービス分野で、運転免許証と住民登録証まで提示するように強制することになって、各制度の目的に反することになるのである。住民登録証の提示義務は住民登録法によって特定の場合に厳格な要件でのみ強制されることと規定されていて(住民登録法第17条の10)、このような住民登録証提示義務も憲法の原則に反する側面があるという点は明確にしておかなければならない。運転免許証の場合も、自動車を運転する時に限り、免許証の提示義務があるだけだ(道路交通法第77条)。したがって、今の憲法と法体系では、各証明書を統合することがほとんど不可能なのである。仮りに他の制度的目的によって証明の統合が必要となるならば、その必要性と妥当性の当否を綿密に検討する必要がある。たとえ統合の必要性があるとしても、証明の統合が持つ法体系上の問題点と電子住民カードの特殊性に照らして、別途の立法をすることが正しいことなのだ。

 

八 結 論

 

 高度な情報処理技術は、それ自体では何らの価値体系を持っていないために、参加民主主義を拡大する技術に利用することができるけれど、反面高度な国民統制装置として使われることも当然だ。情報化社会の現象を論ずる人々によれば、情報処理技術がどのように使われるかは、それを利用する社会の状態に依存するという。利用する社会が民主的原則が根深い社会ならば、住民民主主義を拡大させるのに寄与するはずだけれど、かりにそうでないならば、統制技術として作用する可能性の方がはるかに大きい。はたして私たちの社会は、社会の多くの部分で民主的な原則が根をおろした社会だと自信を持つことができるのだろうか。誰も私たちの社会が政治分野、経済分野、社会分野等にわたり、民主的原則が根をおろした社会だとは言わない。だから、結局、電子住民カードシステムは、私たちの社会の民主主義システムを揺さぶって、権力の強化を招くようになると容易に予測できるのだ。アメリカにある世界未来協会で発行する『フューチャーリスト』97年1〜2月号で、未来社会では人の身体に超小型コンピュータチップが埋め込まれ、クレジットカードはもちろん旅券、運転免許証等各種個人の記録の機能を遂行するはずだと予測されたことがある。かりに電子住民カード制度が導入されれば、このようなことが韓国で初めて実現されることになるだろう。韓国は、国民が身体の中にコンピュータチップを埋め込んで持ち歩く、世界最初の国になるはずだ。ぞっとするほど恐ろしい。

 

 

 

[訳者あとがき]

 

  金基中氏は、現在、韓国ソウル市で弁護士として活躍されており、韓国におけるプライバシー保護についての市民運動のリーダー的存在である。本論文は、電子住民カードの実施に際して、当時の主管部署であった内務部(現在は「行政自治部」に改組)が1997年4月24日に韓国プレスセンターで行った公聴会で、金基中弁護士が報告した原稿を基に加筆・修正されたものである[1]。2001年3月と7月の二度、ソウルで金弁護士にお会いすることができ、翻訳についての快諾を得られたので、ここに訳出する次第である[2]

  そもそも国家の基本的権能は、情報の収集と管理・伝達にあり、国家権力の源泉も、それが管理する情報にある。国家構成員に関する情報の収集・管理も当然必要とする。これは、国家形態を問わずあらゆる国家に妥当する例外のない原則だ。国家とは、その意味では、国家的機構と国家秩序を維持するためのソフトウエアである無数の規範システムと、国民の帰属意識とを核として成り立つ一種の情報処理システムであり、巨大なデータベースである。したがって、国家の基本的な性格も、記録媒体を含めて国家が基礎にする情報の管理および処理方式によっても決定される。

当初、軍事目的を濃厚に有していた韓国の住民登録制度も、その後のグローバルなIT(情報技術)革命の中でその性格を大きく変化させてきた[3]。韓国政府の情報通信政策の特徴は、80年代からの「国家基幹電算網事業」、「超高速情報通信基盤構築事業」、「サイバーコリア21」などの大規模国家プロジェクトを基礎に、行政の電算化作業がトップダウン方式で強力に推進されてきたという点にある。1995年には情報化促進基本法が制定されて、韓国政府は電子政府への転換を標榜するに至り、それにともなって、行政が有する個人情報もいっそう広範囲に電子データ化されてきた。現在もかなり大胆な法と制度の抜本的変革が断行されており[4]、住民登録証のICカード化の構想もこのような流れの中で打ち出されてきた。

内務部は、電子住民カード事業概要の説明(1996年)の中で、ICカード化推進の目的を、登録内容を拡大して、その活用を拡大することにあるとし、推進の背景を、@既存の住民登録証が紙製のため、変造の可能性が大きく、犯罪等の目的のために悪用されやすい、A住民登録証の用途が身分確認に限定されているため、活用範囲が極めて限定され、また家族項目と履歴事項がなく、住民登録証抄本と印鑑証明書を別途に発給しなければならないなど、活用性が低い(活用度の拡大による行政効率の極大化)、B運転免許証、医療保健証等、各種証明用カードなどを多数携帯するので不便であり、また発給機関でそれぞれを管理するのに費用と人材の無駄が多い(各種証明書の統合の必要性)、B国内情報産業の育成などと説明していた。そして、法案では身分証明以外に印鑑証明、兵役事項、運転免許事項、国民年金事項、医療保険事項を1枚のICカードに統合するように企画されたのであった。

 法案は、1997年にいったんは成立したが、これをめぐって非常に激しい国民の抵抗が生じ、大激論の末、99年2月21日、行政自治部は電子住民カード事業を放棄すると宣言するに至った[5]

 この電子住民カード事業の廃止にあたっては、金大中大統領が以前から住民登録証のICカード化に反対していたことや、韓国が1997年冬に深刻な経済危機に陥りIMF体制に入ったことなどが大きな要因としてあるが、金弁護士がはたした役割も大きい。金弁護士から直接、電子住民カード反対運動の経緯について詳しくうかがう機会を得たが、反対運動が当初5人の弁護士の研究会から始まったこと、一般国民はもとより弁護士などの専門家ですら電子住民カードのもつ重大性について気づいていなかったこと、5人の弁護士が街頭に出て、道行く人一人ひとりに訴えかけることから反対運動が始まったことなど、その話は大変興味深いものであった。本論文は、この金弁護士らの反対運動の理論的支柱になったものである。

  ひるがえって、わが国では、1999年8月、すべての国民に11桁の住民票コードを付与する改正住民基本台帳法が成立し、総務省や各都道府県市区町村は2002年8月までに、全国の地方自治体をネットワーク化する「住民基本台帳ネットワーク」の稼働を目指している。これは、行政事務の効率化と住民サービスの向上を目的とした電子政府の基盤システムであり、実現すれば、居住地以外でも住民票の取得が可能となるが、政府も、このデータをさまざまな業務で本人確認事務に活用することになる。これに連携して、身分証明機能をもった「住民基本台帳カード」(ICカード)の導入も検討されている。

 第二の産業革命とまでいわれるIT革命の波、社会の情報化の進展は、おそろしいほどのスピードだ。個人情報についても、公的機関・私的機関を問わず、いたるところで大量的な収集と分析が行われている。大量の個人情報は、企業の経営的戦略にとっても重要性を増し、公的領域でも、すべての市民がある程度の個人情報と引き換えに、福祉や教育などの公的サービスを受けざるをえない。収集されたあらゆる情報は、デジタルという同質の存在形式に変換される。それによって、画像、文字、音声などの異なった情報が、すべて同じ一つのメディア(媒体)に保存される。このようにして保存されたデジタルデータは、そこに検索のための情報が付着し(たとえば、Eメールの本文以外の発信人・受信人、発信日時、メールサーバ、メールソフトなどのデータ)、あらゆる角度から検索・分析され、統合することが可能となる。また、デジタルデータは、コピーが容易で、コピーコストもゼロに等しいから(バックアップなどのために)複数のデータが保存され、しかもオリジナルとコピーが原理的に判別不可能であり、有利な情報であろうと不利な情報であろうと永遠に劣化することもなく存在し続ける。また、個々の自治体の個人情報がネットワーク化されれば、そこに国民の個人情報に関する巨大なデータベースが形成される。情報の一箇所集中に起因する個人情報大量流出の危険性が今以上に高まるだけではなく、そこにアクセスできるのが行政機関だけであるから、権力分立のバランスが崩れるおそれもある。そもそも個人情報には、(プライバシーという意味での)私的な価値と(さまざまな政策決定の基礎になるという意味での)公的な価値の両面があるが、情報化の進展は、個人情報のもつこの公的な価値の比重を必然的に高めていく。プライバシー概念も、「一人にしてもらう権利」という古典的内容から「自己情報コントロール権」という積極的内容、さらには「デジタル・プライバシー」として、ネットワーク化されたデジタルデータとしての個人情報の問題性についてさらに議論する必要がある。

  本論文は、電子住民カードを実施しようとする韓国政府と、電子住民カードやデジタル・プライバシーの問題性について無知であった韓国国民の双方に対して非常に強いインパクトを与えた、いわば歴史的な論文であるといってよい。内容的にはすでに過去のものとなっている部分もあるが、本論文の底に流れる強烈な問題意識と格調の高さは、読む者に感動を与えるに違いない。国民総背番号制、個人情報の電子化について、また、ICカード化の廃止について韓国でどのような議論があったのかを知ることは、日本と韓国という政治状況の違いがあるとはいえ、わが国における今後の個人情報保護法制の方向を考えるにあたっても大いに参考になると思われる。

 

 

(注)



[1] 原文は、http://minbyun.jinbo.net/intkor/idcard2.htmに掲載されている。

[2] 金基中弁護士のいくつかの著作については、すでに次の冊子において紹介がなされている。国民葬背番号制反対共同アピールを進める会「コンピュータカードによる国民監視を拒否した韓国の市民運動―1999年3月、電子住民カード実施を中止に追い込む―」(1999年3月20日発行)

[3] 韓国の住民登録制度の沿革