不正アクセス禁止法の立法経緯は、
2つのヴァーチャル・リアリティの確執の物語だ
考えてみれば、国家じたいが国家秩序とその機構を維持するためのソフトウェアである、無数の規範システム(法体系)と国民の帰属意識とを核として成り立つバーチャルな存在だ。ここ何年かの不正アクセス事件についての社会の反応やその法的禁止をめぐる立法の経緯を見ていると、それらは超国家的に増殖するインターネットと、もう一方のバーチャル・リアリティである国家との間で繰り広げられる確執の物語なのかもしれない。
ハッキングがデータの消去や書換えなど(クラッキング)に至れば、一九八七年の刑法一部改正によって電磁的記録不正作出罪や電子計算機損壊業務妨害罪などのハイテク犯罪として処罰されてきた。システム破りにとどまるハッキングは、二〇〇〇年二月に施行された不正アクセス禁止法で初めて犯罪とされた。その背景には、社会の基本的システムがインターネットに依存する度合いがますます大きくなっているということがある。クラッキングの前段階がハッキングだという意味で、ハッキングがデータの破壊やコンピュータの誤動作などの「実害」に至る「危険性」を有しているのではないかということが大きな理由となっていることは明らかだ。
確かに危険の発生だけで処罰される危険犯と呼ばれる類型も刑法典には存在する(未遂犯がその典型)。しかし、危険とは無知に由来する漠然とした社会一般の不安感と基本的には同質の社会心理である。ハッキングに対する危険感には、実はネットユーザーを含めて、一般社会の情報不足に由来する部分が多いのかもしれない。ハッキングは実害がないから放置しろとまでは言わないが、ハッキングのもつ「危険性」の中身を議論することは必要なことだと思う。
本書は、文体も発想もそれぞれ異なる、刑法学者とジャーナリスト、それにコンピュータ・セキュリティの専門家による共著という、ユニークな構成になっている。問題の性質上、テクニカルな概念を数多く盛り込まざるをえなかった不正アクセス禁止法が、一般人のみならず法律家にとってすらきわめて難解な法律となっていることは事実だが、この法律の背景についての理解や各条文の解釈に本書が少しでも役立つならば幸いである。
最後に、本書の出版に際しては、日本評論社の高橋耕さんと茨木理恵子さんに大変お世話になった。また、われわれ共通の友人でもあるライターの垣内郁栄さんにもお手伝いいただいた。これらの方々に著者を代表して、心よりお礼申し上げる。
二〇〇〇年三月
著者を代表して
園田 寿