は し が き


 かなりスリリングで刺激的な100年間。20世紀は、文化・経済・政治・科学技術、そのいずれをとってみても、人類がかつてないほどの大変革を経験した時代であった。なかでも情報科学の発展には目をみはるものがある。21世紀は、この20世紀を上回る大変化が生じる時代であるに違いない。

 「電子式数値積分計算装置」(エニアック)と名づけられた、何万本もの真空管で動く世界初の巨大コンピュータが誕生してからまだ数十年しかたっていないというのに、現在のノートパソコンはその数十万倍の処理能力をもっている。半導体技術の進歩は、恐ろしいほどのスピードである。誰もがパソコンを持ちたがる時代から、誰もがパソコンを持たざるをえない時代。その結果、あらゆる情報についてデジタル化の波が押しよせ、デジタル化された仮想空間がインターネットというメディア(情報の乗り物)を通じてますます拡大している。国境や文化、宗教を超えて、世界中の人々がダイレクトにつながる時代。インターネットが将来の情報通信のかなめとなる保障はないが、デジタル化の波は今後、より大きなうねりとなることは確実である。このようなデジタル情報革命と呼べるような大きな変革の波は、人間の思考や制度、文化、つまり人間の存在そのものにどのような影響を及ぼすのであろうか。

 デジタル情報革命の波は、われわれを取り巻く日常的環境を、「物」中心の社会から、いよいよ「情報」中心の社会へと移行させていく。物の生産・流通・消費をサイクルとして動いてきた社会から、情報の収集・伝達・共有を基礎に成り立つ社会への変革である。それにともなって、従来の物中心の社会を構成してきたさまざまな規範やルールも劇的に変貌する可能性がある。

 本書の「知の方舟」というタイトルは、旧約聖書「創世記」にある「ノアの方舟」の話にヒントをえたものである。これは、小さな方舟に託された地球の運命についての話である。法・倫理・教育・経済・社会心理といったさまざまな分野において、われわれがこれまでに築き上げ、承認してきた原理・原則のうちで、どのようなものを捨て去るべきなのか、また、どのようなものが21世紀において継承されるべきなのか。本書がこれを考える端緒になれば幸いである。

 最後に、本書の出版に際しては、株式会社ローカスの岩井美洋さんに大変お世話になった。執筆者一同を代表して、心よりお礼申し上げる。

2000年1月
Y2K問題が回避された日に

編者